西浦の公式戦初試合、桐青との試合は5-4で西浦が桐青を破った。
俺たちが、勝ったんだ。あの桐青に。

試合が終わった後、援団挨拶に行った時、遠くにだがはっきりとの姿が見えた。
すぐにでも自分の口から勝ったということを言うことを言いたかったが、試合後には会えなかった。


だからあいつに会いたかったのに、今日は学校を休んでいるみたいだ。
今日は球技大会だけだから授業に遅れるとかそういうのはないから大丈夫だろうけど。
そう言えば俺はあいつの電話番号もメアドも知らなかった。今度聞くことにしよう。




そんなことを考えているといつの間にか朝のLHRが終わっていて、グラウンドに向かおうと思った。
今日はクラス対抗のサッカーの日だったはずだ。


「阿部〜!」

後ろを振り向くと水谷が居た。水谷もサッカーを選んだらしく、一緒に行こうと言われた。
ついでに花井も一緒だ。3人でグラウンドまで歩く。

この3人が集まれば自然に話題は昨日の試合のことになる。
何回の誰のバッティングがどうだったとか、送球がどうとか、かなり詳しい話もした。
でもやっぱり結論は「俺たち勝っちゃったんだな」ということになる。


「あ、そういえばさ」

そう言うと水谷は携帯を取り出した。何やら操作してるみたいだが、何してるんだろうか。

「『CANDY』の新曲の配信が昨日始まったんだよね。
 まさに応援って感じの曲でさ、試合前に聞いとけば良かった〜」

水谷の携帯から「CANDY」の曲が流れてきた。…その瞬間、驚いた、という言葉では表わせないくらい驚いた。




…―――さぁ、胸張って行っておいで 怖いものなんて何もない
    アタシはここで応援してるから――――― …




携帯から流れる音楽は、他でもない……

一昨日聞いたの歌声と、が歌ってくれた歌だったからだ。





『作詞・作曲・song by アタシ。』

『「CANDY」の新曲の配信が昨日始まったんだよね。』


一昨日聞いたの言葉とさっきの水谷の言葉が頭の中でぐるぐると渦を巻く。
が歌ってくれたのは“一昨日”。配信が始まったのは“昨日”。
そう言えばはギターをやっていることをあまり知られたくない様子だった。
待て、これって、俺の考えが間違ってなかったら――――

やっぱ「CANDY」良いよね〜なんて言ってる水谷の横で、俺はある事に気づいてしまった。


「水谷、その『CANDY』って奴さ、女ってこと以外顔とか分かんないんだろ?」
「うん。」
「でさ、そいつ、作詞作曲とか自分でしてる?」
「そうなんだよ〜!自分で曲作って自分でギターまで弾いて歌っちゃうんだもん。すごいよなぁ〜」



その言葉で確信を得た。そうだ、は実は……「CANDY」だったんだ。
しかし、すぐにいくつかの疑問が浮かんだ。

「CANDY」顔出しなんかはしない奴だ。つまり本性を知られたくないのだろう。
ならばなぜ、俺にこれから配信される曲を歌ってくれたのだろうが。明らかに矛盾している。

そしてなぜ、本性を知られたくなかったのだろうか。「」としてギターをやっているのも隠していたくらいだ。
あんなに大好きなはずのギターをやっていることを、なぜ隠さなければいけないのだろうか。


いくつかに聞きたいことがある。いくつかに言いたいこともある。

早く話がしたいという気持ちを抑え、明日を待つこと以外他に出来ることはなかった。


 
2009.10.10