桐青戦前日、に呼ばれてここに来た。相変わらずここにいると落ち着く。
そういえば、約束をしてここに来るのは初めてのような気がする。
いつもなんとなく来たらがいたから。


はいつものようにベンチに座っているのではなく、芝の生えている地面にあぐらを掻いてギターを持っていた。
いつだったか、ギターをやっているということを聞き、今度聞かせてくれと頼んだ。
その俺との約束を覚えてくれていたんだ。

俺が茫然と立っているとベンチ座ってよ、と言われたのでベンチに腰掛けた。
いつもは俺の横に座っているが今日は正面に座っている。



「えっと、明日阿部が初戦ということで、」

少しかしこまった口調ではそう言った。緊張しているようにも見える。

「歌を贈りたいと思いますので、聞いてください。」

がギターを掻き鳴らして曲は始まった。







…―――心が震えるって?何にそんなに怯えているの?
        そんなに不安にならなくても大丈夫だよ
        君は君だよ 自分を信じて 君らしくいけばいいんだよ
        さぁ、胸張って行っておいで 怖いものなんて何もない
        アタシはここで応援してるから――――― …






圧倒的な歌唱力だった。


透き通っていて、突き抜けていくような力強い歌声。空に吸い込まれるように綺麗に伸びていく高音。
器用な指使いで和音が奏でられるギター。そして、今の俺の心に染み込んでいく歌詞。

その全てに俺は聞き入っていた。


「阿部?」


曲が終わったのにも気づかないほどに。

に呼ばれてはっと我に返った。そのくらい聞き入っていたんだ。
正直、驚いた。失礼かもしれないけど、の歌がこれほどのものとは思っていなかったからだ。
もしかしたらテレビに出ている歌手顔負けの歌唱力だったかも知れない。
友達だから、とかお世辞とかそんなんじゃなくて、本当にそう感じた。



「、お前…」
「ごめん。聞き苦しかった?」


全然そんなんじゃねぇよ、と俺は力いっぱい否定した。
むしろ、ずっと聞いていたくなるくらい心地の良い歌声とギターだった。

それに、歌詞の内容。俺の心情にぴったりの歌詞の内容だった。
誰かが俺のために書いてくれたんじゃないかって疑っても良いくらいに。


「めちゃくちゃ上手かったよ。それに、歌詞の内容も今の俺にぴったりだったし。」
「本当?阿部のこと応援したくてこの曲作ったんだ。作詞・作曲・song by アタシ。」


はふざけたように「ぶいっ」とピースをした。…そんなことしながら、今さらっと凄い事言いのけたよな?
自分で作った歌だったのか。歌も歌って、ギターも弾いて、作詞作曲までして。
改めてコイツには驚かされた。俺のために、そこまでしてくれるなんて…。


ふと、初めてここに来た時の事を思い出した。
部活中に偶然ボールが飛んで行ってしまい、に会った事。
偶然の出会いが、ここまで大切な出会いになるなんて、あの時の俺は思いもしなかった。
人生、何がどうなるかなんて全然分かんないんだな。

…明日の試合も、力の差がある相手だって、何がどうなるかなんて全然分からないんだ。
そう考えると一気に体が緊張から解放された。そうだ、スポーツなんて、何が起こるか分からない。
いくら力の差があったって、負けない。…勝ってやる。


「明日の試合なんだけどさ…良かったら見に来いよ。…勝ってみせるから。」
「良いの?じゃあ、見に行くね。」



俺、お前とお前の歌にいっぱい力貰ったからさ、
感謝してもしきれないくらい感謝してっからさ、


恩返しになるかどうかはわかんねぇけど


明日の試合、絶対勝つから。



 
2009.9.23