あの場所に行きたいと思っていても部活漬けの俺には時間がなく、またともクラスでは話さなかった。

あの性格からして友達は多そうだと思っていたのに、クラスでは静かなタイプだったみたいだ。
まぁ、俺もそんなに女子と話すタイプでもないけどな。


でも、いつかは行きたいと思っていたし、今日からテスト1週間前で部活が休みなのはラッキーだと思った。


野球部の奴らにに勉強会に誘われたのを断り、あそこに行くことにした。
大勢で勉強する気分でもなかったから。





あの場所に行くと、既にがいた。
小さなノートとシャーペンを持って、ベンチの上に体育座り(スカートじゃないから大丈夫だ)
適当な鼻歌を歌いながらノートに何かを書き溜めている。
見た感じ勉強をしているのではなさそうだけど、一体何をしているのだろうか。


「?」


俺が名前を呼んでも返事もこっちを向きもしない。
無視されている、のではないと思う。よほど集中しているのだろうか?


気にせずにの横に座ると、やっと俺に気付き、驚いたようだった。



「おわ、阿部じゃん。」
「遅ぇよ。」


部活は?と聞かれたからテスト1週間前だから休みなんだよと返してやった。
まさか、忘れてんじゃないだろうな。
高校に入ってから最初のテストで、結構重要だって教師たちがしつこいくらいに何度も言っていたはずだ。


「あ、忘れてた。」


…コイツは本当にマイペースというか悪く言えば周りに興味がないと言うか。
それがらしいっちゃらしいんだけどな。



「勉強しないとねー。数学やばいんだけどね。」

全然危機感のなさそうな声ではそう言った。そう言いつつもノートに何かを書くのをやめない。
本当にやばいと思ってるのだろうか。思ってたら今すぐ教科書なりノートなり出して勉強始めるだろ。



「…数学なら教えられるけど。」
「え、まじ?やったぁ。」


じゃあお返しに私の得意教科は教えてあげるね、とは笑った。


「得意教科って?」
「音楽。」


予想外の言葉が返ってきた。古典とか、歴史とか主要教科を言われるものと思っていたからだ。
音楽って…俺が体育って答えるようなもんじゃねぇか。実技教科なんだから教えられないだろ。


「吹奏楽部だったっけ?」


と自分で聞いておいて、コイツが帰宅部だったのを思い出す。ただ単に好きなだけか。


「いや、独学でギターやってて。」
「まじで?」

そう聞き返すとは「あ、やば。」と声を漏らした。知られたくなかったのだろうか。


「誰にも言わないはずだったのになぁ…」
「別に隠すことでもなくね?」

恥ずかしいことでもないし、隠す理由が俺には分からなかった。ギターやってる、なんて聞いてもすごいなって思うくらいだし。


「まぁ私と阿部の仲だからいっか。」


どんな仲だよ、と突っ込むとわかてるくせにーなんて肘で小突かれた。
確かに、今の俺との関係は不思議で名前の付けようのないものだろう。
その関係にどこか心地よさを感じていのは俺だけじゃなかったら良いのに。



「小5の時に父親に教えてもらって弾き語り始めたんだ。」

と言うの表情は凄く嬉しそうだった。

よっぽど好きなんだってことが分かった。俺が野球を好きなくらいに。
俺も野球の話する時はあんな顔をしているんだろうな。そんな気がする。



「相当ギター好きなんだ?」
「何よりも。」

躊躇なくそう答える。強く、意志のはっきりとした声で。


「じゃあさ、今度聞かせてよ。」


そう言ったのは社交辞令でもなんでもなく、ただ純粋にの歌が聞いてみたくなったからだ。
コイツが歌っているところ、どんなんなんだろうかと興味が湧いた。

そうするとは少し頬を染め、えへへ、と笑った。
恥ずかしいなぁ、なんて口では言っていてもまんざらではなさそうだ。


「今度、ね。」



「今度」はいつになるかわからないけれど、コイツの歌を聞くという約束が出来た。

今まで知らなかったコイツの部分、みんなが知らないであろうその部分を知れた嬉しさが俺の中にあった。
そして、またと会えるということに喜んでいる自分がいた。


 
2009.8.29