1st melody










「阿部ー!これ知ってるー!?」

昼飯を食い終わり、睡眠に入ろうかと思っていた丁度その時を水谷が邪魔してきた。
これ、と手にしているのは1枚のCDだ。
今寝てないと部活中に倒れることになりそうだし、興味もなかったから無視して机に突っ伏そうとした。


「待てよー!話題のCDなんだぞー!」

何が、と俺が少し不機嫌そうに返すと、水谷は自慢げに説明を始めた。
そのCDは今話題「CANDY」というシンガーソングライターのCDらしい。
そういえばクラスの女子が話題にしていたような気がする。
女性中心に人気があるらしく、水谷が今手にしているもの姉に借りた物だと言う。
なんでも、1つ1つの歌に心に響くものがあって、人気なのも頷ける、だそうだ(水谷談)


「でもインタビューとか全然受けないらしくて、女性ってことぐらいしかわかってないんだよな。
 秘密があるのもまたいいけど!」

…と熱く語る水谷の話を適当に流して(今俺の頭には「寝る」という文字しかない。)
短い間だが、眠りにつくことにした。












「悪い、ちょっとボール拾ってくる。」
「おう。」

放課後の部活中、俺は花井に声をかけ、グラウンドを後にした。
思わぬ方向に飛んでいってしまったボールを拾うためだ。

しかし、グラウンドの周りを見回してもボールは見つからない。
よほど変な方向に飛んで行ってしまったのだろうか。





少し足を進めると、校内とは思えない場所に着いた。
芝が生え、木が生い茂っていて、なぜかそこだけ違う空間のように思えた。
入学して以来、こんな場所があるなんて全然気付かなかった。
恐らく、殆どの奴がこの場所の存在を知らないに違いない。



そこにはベンチがあり、そのベンチに誰かが座っていた。


そいつは俺に気づくと、ボールを持って近づいてきた。




「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」




始めそいつが誰だか分からなかったが、近づいたことで誰か分かった。

同じクラスのだった。

俺とは接点がなく、話をしたのは今日が始めてと言っていい程だ。


確か帰宅部のはずのがこんなところで何をしているのか少し気になったが、
部活中だったし、特に話をしたこともなかったから、何も聞かずにグラウンドに戻ることにした。












数日後、今日は監督の都合で部活がなくなってしまったらしい。
他のやつらは遊びに行くだのなんだの言っている。
だが、俺は昨日部室に忘れ物したことに気付き、取りに行くことにした。



いつもと違って静まり返った部室に入って忘れ物を鞄の中に入れた。
部室を出て、そのまま家に帰るのもなんだかな、と思っているとあの場所が目に入った。



グラウンド近くの、あの場所が。
数日前に始めて知った、あの場所が。


俺はなぜか気になって、あの場所に行ってみたくなった。






そこに行ってみると、誰もいなくてベンチがあるだけだった。
木が生い茂っているせいで周りの景色はほとんど見えず、そこだけ隔離されているような感じがした。
ベンチに座ってみると、木と木の間から空が見えた。






「あれ、客人だ。珍しいな。」




驚いて声のした方を見ると、数日前ここで会ったがいた。
向こうは別に驚いた様子でもなく、鞄を置いてベンチに座った。
必然的に俺の隣に座ることになるのだが、そんなことは気にしていないみたいだった。


だが、俺の中では少し気まずいかも知れないなとか、
帰った方がいいのではないかとか、そんな考えが渦巻いていた。



「えっと…阿部くん、だよね?」


まさかから話しかけられると思っていなかったので、俺は少なからず驚いた。
全然話したことなかったのに。




「私以外にこの場所知ってる人いるんだ、と思ってさ。」


“私以外に”ということは、以外にこの場所を知っている人はいなかったのだろうか。
まぁ、無理もないと思う。すごく分かりにくい場所なのだから。

もしかすると、“だけ”の場所に俺は入って来てしまったのかも知れない。
そう思うと、申し訳ない気分になってしまった。


「悪かったな。勝手に入って来て。」

「あ、ううん。全然気にしないし。」



それにしても素敵な場所でしょ、とは笑った。
確かに、ここを表現するなら「落ち着く」その一言に限ると思う。自然に囲まれて、気分が落ち着いてくる。



「はいつもここに来てるのか?」

俺が名前を呼んだことに少し驚いたみたいだが、は空を見ながら答えた。


「うん。ここにいると良いのが思い浮かぶから。」


何が?と俺が聞き返すとはひどく慌てた様子で「ごめん!今の忘れて!」と言った。


何をそんなに慌てたのか知らないが、俺は「ああ。」と返した。
聞いて欲しくないことを無理矢理聞きたくもないしな。


横にいるを見ると、ありがとう、とはにかんでまた空を見上げた。
もしかしたら、ここにいる時はいつもこうしているのかも知れない。

放課後、部活をするでもなく、家に帰るでもなく、こんなところにいるなんて、少し不思議な奴だと思った。



でも、男子の俺にも普通に話しかけられて、誰とでも話せる奴なんだろう。
(俺は話したの始めてだけど。)

かといって口数が多いタイプではなく、でも話し方は嫌な感じじゃない。
なんて不思議な奴だ。



「この間は部活中だったの?」


この間、というのは俺がボールを拾いに来た時のことだろう。
軽く頷いて肯定すると、ああ野球部なんだ、とは言った。


「今日は監督の都合で休みなんだけどな。」


俺のこの言葉には反応せずに、じっと空を見つめていたままだった。
無視された、なんていう気分にはならなかったけど。

でも、たまにはこんな場所にいるのもいいかも知れない。
体がリフレッシュされる感じだ。いつも野球ばっかで溜まっていた疲れが取れた気がする。




なんとなく来てしまった場所だが、良い場所を見つけたと思う。




その後、しばらくと他愛もない話をして、時間が過ぎていった。
部活の話とか、クラスの話とか、そんな話題だ。
始めて話す奴(しかも女子)とここまで話せるのは自分でも不思議だったが、それなりに楽しかった。






「じゃあ、そろそろ帰るかな。」

に言うような、独り言を呟くような言葉を発し、ベンチから立ち上がった。
軽く、伸びをする。


「あ、帰るんだね。」


俺は鞄を肩に掛けて、じゃあな、と言った。
は手をひらひらと振った。


「また来るといいよ。」



そんな言葉を掛けて貰えるとは思っていなかった。
けれど、この日から、は俺の中で「なんとなく気になる奴」になった。

との会話は今まで話した女子の会話とは違って、正直楽しかった。

また話したいと思うのは、なぜだろう。


また、あの場所に行こう。野球で疲れた体を癒やしに。


そして、に会いに。



 
2009.08.27