“なぁ白石、次の授業屋上でさぼらん?” 授業中に携帯が鳴ったかと思えばそれは謙也からさぼりの誘いで。 次の授業は別にどうでもええ授業やったから“ええよ”とすぐに返事をした。 せやから授業が終わるとすぐに屋上に来たのにどれだけ待っても謙也は一向に現れない。 もちろん授業なんてとっくに始まっていた。 浪速のスピードスターの名が泣くでほんまに…。 教室に戻っても良かったのかも知れんが、もう戻る気もなかったし適当に時間を潰そうと柵にもたれる。 ギィ、と重い屋上の扉が開く音がした。 なんや今更来たんか…と思えばそれは謙也ではなくて。 俺の、親友…やった。 屋上の扉を開けるとその向こうには人の姿があった。 その声は勿論謙也が言っていたように蔵のもので、やっぱり用意周到に呼び出されていたのだと改めて思った。 柵にもたれる蔵は当然驚いたに違いない。目を丸くしてただこちらを見ている。 どうしたら良いか分からなかったからとりあえず蔵の隣に並んで柵にもたれ「久しぶり」とだけ言った。 そこから会話が続く事はなかった。 空は憎らしいくらいに晴れ渡っている。 どちらも何も言わず、お互いの出方を窺がっているようだった。 「…あんな、俺、謝らなあかんことがあんねん。」 蔵が静かにそう言い沈黙を破った。 謝らなければいけない事…なんてこいつには何もないはずだ。 私が勝手に避けて、勝手に話さなくだけなったんだから。 それに対して罪悪感を抱いているならそれはして欲しくないし誤解ってやつだ。 彼女が出来る事に対して謝られたくなんかないし、そんなことされたら私のプライドが傷つく。 でも蔵から出てきた言葉はその予想をすべて裏切るものだった。 「こないだ『迷ってる』って言ったん…嘘やねん。ほんまはいつもみたいに断った。」 う、そ? その言葉はまさに青天の霹靂、この澄み渡った空から突然雷が鳴って雪が降り出すようなもんだ。 いや、今ここで槍が降り出しても私は驚くだろうけどそれよりもはるかに蔵から出た言葉の方が威力があった。 じゃあ何、その嘘に私は動揺してずっと話せなかったって訳? 何なの?なんでそんなことしたの? 疑問ばかりが頭の中でぐるぐると渦巻いたけれどそのどれも言葉には出てこなかった。 何から聞いて良いのか分からなかったから。 「カマかけたって言うかなんて言うかな。お前がどんな反応するか気になってん。 だって俺、お前のこと好…」 「言わないで!」 一人の人間が決心して告白をしようとしているのに、それを止めるなんて馬鹿のすることだろう。 好きな人にただ「好き」と言うだけの事にどれだけ勇気がいるか私は知っている。 でもその先は聞きたくなかった。聞けばその先に待っているのは「付き合って欲しい」という言葉に決まってる。 蔵と付き合うのだけは、嫌だった。 大好きだから、嫌だった。 横にいる蔵は眉を下げ、口をきゅっと結んで悲しそうな顔をしている。 その表情にさせたのは他でもない、私だ。そう考えるとなんとも言えない罪悪感にさいなまれた。 「俺の事、嫌いなんか…?」 震えた、絞り出すような声で蔵は私に尋ねた。 早く否定したかったが、自分の心の奥底を悟られずに答える方法が見つからない。 ない知恵を絞って、考えた挙句出た言葉がこれだった。 「何言ってんの?蔵は私の親友じゃん。」 そう、こいつは私の「親友」なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。 「親友」だから大好きだし、「親友」だから助けたいと思う。それで良いんだ。 それ以上の感情を抱いてしまったら、別れが辛くなるだけなんだから。 「…ほんまにそう思ってるん?」 「当たり前じゃん。そうじゃなかったら今まで一緒にいないって。」 「じゃあなんで、泣いてるん?」 言われるまで気付かなかった。 私の目からは確かに涙が溢れていて、ぽとり、と一滴が地面に落ちて染みを作った。 時に、体は頭よりも正直になものだ。 その涙こそが「親友」という言葉で自分の本当の気持ちを隠そうとしていた証拠だった。 「、もう一度言わせて貰う。好きや。付き合ってくれ。」 素直に「私も」と言えばどれだけ楽になって胸のつっかえが取れるだろう。 でも私の過去がそれを許さない。 お互い大好きだったのに、別れなければいけなかった1年前の春。 ただただ、分かれるのが辛かった。けれど無力な私にはどうすることも出来なかった。 臆病な私には遠距離恋愛を選ぶことすら出来なかったんだ。 「ねえ蔵、知ってる? …いつかは別れなくちゃならない時が来るんだよ…?」 涙声になりながらも私は必死で言葉を紡いだ。 それと同時に、自分がどれだけ酷い奴なのかと笑いたくなった。 人に告白された時に、別れの話をする馬鹿がどこにいるだろうか。 最低でもここに一人、白石蔵ノ介の目の前に、私と言う馬鹿がいるのは確かだが。 例えば、引っ越し。例えば、喧嘩。例えば、死。 きっかけはなんであれ人はいつか人と別れなければいけない。どれだけ好きでいても別れの時は必ずやって来る。 そしてその人との思い出が多ければ多いほど別れが辛く、悲しくなる。 そう、私は別れを怖がる臆病者なのだ。 自分の目から溢れる涙はもうコントロールが効かない。 自分で自分は見れないからどれだけ酷い顔をしているかは分からないけど、相当ひどいに違いない。 それでも、蔵は、ひどい顔をしているだろう私を、優しく、抱きしめてくれた。 「良いか、。よう聞きや。」 耳元で心地よく響く蔵の声。 聞き慣れているはずなのに、いつもより低く、近いところで聞くとそれは違って聞こえた。 「人間、いつか別れが来るのは事実や。でもな、それを恐れてたらなんも出来ひん。 …それに負けへんような強さを、俺が、お前にやるから」 その言葉に答えるように、私は自分の手を蔵の背中に回して力の限りぎゅっとした。 蔵も私を抱きしめていた手に一層力を入れた。 今この瞬間だけは、どうしても、彼を離したくなかったから。 「…俺と付き合ってくれるか。」 そう優しく囁かれると私はただ一生懸命に頷くしか出来なかった。 言葉なんて一つも出てこなくて、ただ肯定だと言う事を伝えたかっただけだった。 ← → 2011.10.15