「「けーんーやーさん…」」


あの後2人で教室に戻り、放課後に真っ先に訪れたのは隣のクラスの謙也のところだった。
それは当然、と言うべきか、今日のことで一番迷惑をかけたし世話になったのは他の誰でもない謙也だったから。


ドアの隅で待っている私たちを見るなり謙也はにやにやしながらこっちへ向かってきた。
一緒に来たと言う事で何が起こったのか、大体分かったのだろう。
近づいてくるなり蔵の肩を組んで「お前ついにやりおったな!」と笑顔(と言うかにやけ顔)で言った。

そんな謙也の手を外した蔵と私は謙也の前に改まって並び、
一緒に「ご迷惑をおかけしました!」と深々とお辞儀をした。
これは蔵と打ち合わせをしていたことだった。

そんな私たちを見て謙也はぷ、と少し吹き出した。


「のろけ話は聞いたらんからな!ほんじゃ俺、掃除あるし!」


そう言って教室に戻る謙也。
そんな彼がいつもと違って格好良く見えたのは蔵には内緒。


「ほんなら俺らも帰るか。」と蔵に言われて一緒に昇降口へと向かった。
しっかりと左手を彼の右手に繋がれて。











いつも通って帰る道なのに、繋がれた手と今までとは違う関係にドキドキしながら歩いた。
心臓の音が大きすぎて周りの音が聞こえないみたいだった。



「…ねえ、蔵。」

「なんや?」

「蔵はさ、別れが怖くないの?」



「別れ」、それは私が最も恐れているもので、蔵と一歩踏み込んだ関係になれなかった原因そのものだった。
引きずっていないはずなのにまだしっかりと焼き付いている去年の出来事。
もう忘れたはずなのに、その辛さだけはまだしっかりと脳に刻み込まれているみたいだ。


まだ蔵にその事は話していないのだけれど、
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼はゆっくりとこう答えた。


「昼も言うたけど…別れは確かに怖い。けどその事ばっかり考えてたらなんも出来ひん。
 …例えば、こういう事とかな。」


彼は私に疑問を抱かせる暇も与えず、繋いでいた手を器用に引っ張ると、私の唇と彼の唇を軽く重ね合わせた。


「…蔵の馬鹿!」


顔を真っ赤にして怒る私を見る蔵は嬉しそうに笑って、それからまた優しく手を繋いでくれた。
私の不安を忘れさせようとしているかのように。


「せや、ちょっと寄り道して帰らへんか?」

「…寄り道?」

「そや。これからいっぱい一緒に楽しい事していかなあかんねんから。」








人と人との別れはいつ訪れるか分からない。
明日かも知れないし、明後日かも知れないし、何年後、何十年後かも知れない。
それが来るまでに一緒にたくさん思い出を作って、そしてそれが別れ、新しい出会いへの糧になる。

別れを恐れていては今を楽しめない。
ただ今を楽しむ事が出来れば、それが別れに立ち向かう強さになっていく。


蔵と私は一緒に進んでいく。

思い出を重ねて。



肯定の意味を込めてぎゅっと手を握り返すと、私たちはまた足並みを揃えて歩き始めた。



 あとがき
2011.10.15