「あ、兄ちゃんのバカ!」

いつもと変わらない休日の夜
俺は風呂から出ると、プロ野球中継にかじりついているシュンからリモコンを取り上げチャンネルを回した。
いつもなら一緒に野球中継見ているところだが、今日は特別だ。
結果なんて後で携帯で調べれば良い。

今テレビに映っているのはある音楽番組の司会の1人である女性。

「さぁ今夜も生放送でお送りしますMUSIC NIGHT!今夜のラインナップは…」


「兄ちゃんいつも音楽番組なんて見ない癖に変なのー。」
そう横でシュンがぐちぐちと言う。

「うるせぇな。今日は特別なんだよ。」

そんな風にシュンと言い合っているとテレビから歓声が沸いた。
当然だろう。なんてったって今日のゲストはテレビ初出演なんだから。


「今夜1人目のゲストは、テレビ初出演!CANDYさんです!」
「よろしくお願いします。」

司会に紹介され、恥ずかしそうに笑っているのはCANDY
――もとい俺のクラスメイト、だ。
あの後はテレビ出演を1つ受けたらしい。その生放送が今日という訳だ。
顔出しというもの自体初めてだから、相当緊張しているに違いない。

「今まで正体不明のシンガーソングライターとして話題だったけど、
 正体はこんなに可愛い高校生だったんだねー。」
司会の男性がそうに話を振った。

「あはは、ありがとうございます。」
少し頬を赤らめる。
テレビ画面を通して見るはいつもと少し違って見える。

「今までテレビとか出なかったけど、なんで今回は出演受けてくれたの?」
「…私の背中を押してくれた子がいて、違う世界に一歩踏み出してみようと思えたんです。」

“私の背中を押してくれた子がいて”
その言葉になんだかこそばゆくなってしまった。我ながら少し恥ずかしい。

「今日発表の新曲なんだけど、どんな曲なの?」
「この曲は私にとって大切な人への思いを書きました。
 みなさんの大切な人のことを考えながら聞いていただければ嬉しいです。」

周りの歌手たちに頭を下げつつ、が席を立った。
いよいよ新曲の演奏だ。

「タカ〜!携帯光ってるわよ〜!」

キッチン方のにいる母さんに声をかけられた。ああもう良いところなのに。
すぐに立ち上がって携帯を見れば新着メールが1件。
俺が風呂に入っている間にメールが来ていたらしい。

差出人の名前は“”
どうやら生放送の直前にメールを送ってくれていたらしい。


――――――――――――

(non title)
――――――――――――
阿部、ちょっと恥ずかしい
んだけど
新曲、阿部のこと考えなが
ら書いたから、聞いてね


――――――――――――


「それでは、CANDYで新曲『SONG FOR YOU.』です。どうぞ。」

そのメールに顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
でも赤くなったその頬をどうにかする暇もなく曲は始まった。


…―――あなたがいるから 私は今ここにいるの
        あなたは私大きな世界へと導いてくれた
        私の大切な 大切な人 ありがとう これからもよろしくね
        今度は私があなたの背中を押すから 泣きたくなったらいつでも言って
    私もあなたの大切な人になりたいの
    本当にありがとう 大切なあなた 「大好きです」――――― …



…どうやら俺とは同じ気持ちだったらしい。
明日の朝に会ったらすぐにこの気持ちを伝えよう。
今すぐにでも伝えたい、この気持ちを。




お前は俺の大切な人で、そして―――


俺もお前のこと大好きだ、っていうことを。




 あとがき
2009.11.2