「なぁ、やっぱ女の子ってペアリングとか欲しいもんなん?」 「そうですねー。なんか特別な感じするやないですか。」 これが光の着替え終わるのを待っていた時に交わした白石先輩との会話だった。 先輩は部室の鍵を閉めなくてはいけないと言うことでいつも部員が全員出るのを待っている。 部活終わりに光と一緒に帰るためにテニス部に来ているうちにすっかり仲良くなってしまった。 ペアリングの話題なんて出たのはなんでも先輩の友達カップルが買って自慢…ではないけどものすごく嬉しそうにしていたらしい。 確かに左の薬指に光る指輪はお互いの存在を尊重するものだと思うし、身につけていればいつでも一緒にいるということを感じられるはず。 けれど、それと同時にそれはまだ早いのではないかとも思う。 まだまだ学生の身、リングなんて高いものはそうそうと手を付けられるものではない。 憧れではあるけれども、大人のものであるというイメージが大きいのも事実。 それを聞くと白石先輩は「それもそうやなぁ」と納得したような様子を見せた。 そこまで話したところで部室から「、帰るで」と大きなテニスバックを背負って現れたのは、制服姿に着替えた光。 愛想もなく先輩に「ほんじゃ、また明日っす」と挨拶をすると足早に歩き出した。 私がお辞儀をするとじゃあなー、と先輩は包帯の巻いてある左手を振った。 2人で駅の方へと歩き始め、先輩が見えなくなったところで光の右手がするりと私の左手の指を絡めた。 付き合ってから今まで手を繋いだ事は何度もあるのに、その度にドキドキと心臓が高鳴る。 私の手を取る動作は自然だけど自然すぎて驚いてしまう。 いつの時も気がつけば彼に手を取られる形になっているのだ。 口数が多い方ではない光だけれど(逆に光がペラペラしゃべっているところを想像すると笑える) 今日は特に言葉が少なかった。 怒らせるようなことをしたかと今日の出来事を頭の中で巡らせてみるけれど、思い当たる節はない。 それに手を繋いでくる時点で特に怒っているということはない…はず。 「光、今日どないしたん?」 思い切って聞いてみるけれど反応は返って来ない。 周りには他にも駅へと向かう学生やサラリーマンがいてそれなりに賑っているはずなのに、2人の足音だけがやたらに響いた。 「…は部長と仲良うしすぎやねん。」 聞こえるか聞こえないかくらいの音量で光は私の方も向かずにそう言った。 半歩前を行く彼の表情は私の背が低いのも手伝って良く見えない。 けれどわざと顔を「見えない」ようにしているのだと言う事は私には分かった。 そこでさっき部室を出た時に白石先輩に対する挨拶がやけに愛想のないものだったのを思い出す。 光はもともと誰にでも親しく話す、それこそ先輩みたいなとかそういう性格ではないのだけれど、今日はいつもと少し違っていた。 光は不器用なりに、感情を表に出していたんだ。 愛想がなさそうに見えるのは本当に愛想がないんじゃなくて、自分の気持ちを素直に表現できないから。 「白石先輩とは光を待ってる時にちょっと話してる、そんだけやで?」 廊下ですれ違った時に挨拶くらいはするけれども、私と先輩の関係はただ会った時に少し話す、それだけで光が心配されるようなことはなにもない。 そういえば先輩のメアドですら知らないし、特に知る必要もない。 「…じゃあ、さっき何話してたん?えらい楽しそうにしてたやん」 光が私に質問をするのはきっと、自分の知らない私がいるのが嫌だからだと思う。 財前光という男は淡白に見えて意外と独占欲が強かったりもする。 「なんかな、先輩の友達カップルがペアリング買ったんやて。そんで女の子ってそういうん欲しいん?って」 「そんで?」 「いや、憧れはするけど大人のもんやなって思いますって答えた。」 「…そうなんや。」 自分から聞いといて答えが嫌にあっさりとしている風に聞こえるが、光の中では何か考えてるんやろうなと思った。 何か思う節でもあるに違いない。そうならそう言ってくれれば良いのに。 「なぁ、左手貸して。」 貸して、と言われてももうその手は光の右手に握られているからもう貸しているも同然だ。 何をするのかと思いきや、光は握っていた私の左手を右手に乗せて口元に寄せたかと思うと薬指の付け根にちゅ、と口づけを落とした。 「なっ…ちょ、光!」 突然の出来事に口からは言葉にならないような言葉しか出てこない。 犯人である光は私の手を握り直し、耳まで真っ赤にしてふいと顔を背けた。 そういう時って普通、してやったりみたいな顔するもんやないん? でもそれが出来ないのが光で、なぜならこういうことには全然慣れていないからだ。 手を繋ぐのですら恥ずかしがって先輩から見えなくなったとこからしか繋がないし、キスなんて人前では絶対しない。 それなのに今、ここで、人がいる場所で手とはいえキスとしたのだ。 「リングの先約、やからな。」 「え?」 「せやから、今はまだ買うてやれんけど、いつかは本物の指輪買うたるから。…その予約や。」 それだけ言うと光はまた私の手を取って歩き始めた。 少し後ろから見る彼の背中がいつもより少し大きく見えたのは一体なぜなんだろう。 彼が私の薬指に落とした口づけは、未来への約束。 今は未だ本物を貰うには早いけれど、口づけられたそこには見えないリングがはめられたような気がした。 薬指にキスして 2011.7.20 企画サイト zaizenhikaru.com様に提出 Title by ロストガーデン様 |