「あ、ねえ見て!幸村くんだよ!」 「本当だ!格好いいー!」 放課後に教室で仲の良い四人組で勉強していた時の事、 私たちの中でも割とミーハーな二人がテニスコートに精ちゃんを見つけたらしく、 勉強そっちのけで窓に齧りついてしまった。 引退してもたまに部活へ顔を出せるのは、高校がついている立海の特権と言えるだろう。 ちなみに、そんな立海に通っている私がなぜこんなに真面目に勉強しているのかというと、単刀直入に言うと奨学金のためである。 内部進学生の中でも成績優秀なものは高校の入学金相当の奨学金が貰える、つまり入学金が免除になると言ってもいい。 だから苦手な数学を教えて貰っていた。 のに。 「もー勉強途中なのに…。」 「はは、さっきまで集中して頑張ってたから良いじゃん。休憩しよ。」 四人の中でミーハーではない方の優衣にそう慰められる。 まあ確かに、さっきまでものすごく頑張っていたんだけどね。 時計とテキストを見たら思ったよりも時間が進んでいてびっくりした。 「でも精ちゃんが格好良いというのはなんか理解し難いな…。」 「それは幼馴染だからじゃないの?」 「いや、客観的に見ても精ちゃんって女の子みたいじゃない?」 私には周りが「幸村くんカッコイイー!」と言っていることがどうしても理解出来なかった。 だって!どう見たって精ちゃんは女顔だし、声だって高いし、目は大きいし肌は白くてすべすべだし。 髪なんかさらっさらで天然パーマなのにそれが異様に似合っていてなんだか腹立たしい。 きっと精ちゃんが女の子だったら、女優かモデルにでもなっていたに違いない。 そして私はそんな幼馴染を持ってさぞ誇らしくなる事だろう。 いや別に、男の精ちゃんが幼馴染なのが嫌な訳ではない。 ただ、もうちょっと男らしければ良かったのに、と思うだけ。 「私は男らしい人が好きなの!」 「テニス部だと真田くんとか?」 「真田!?無理無理怖すぎる!」 だよねー!と二人でお腹を抱えて笑った。 確かに真田は男らしいし硬派なイメージだけど、それ以上に「怖い」というイメージが強すぎる。 何と言うか「いかつい」。私がそう言うとそれがあまりにぴったり過ぎたらしく、優衣はまた声を出して笑った。 「そうだなー、仁王くんとか?」 「仁王はなんかチャラそう。」 「じゃあ柳くんは?」 「柳かぁ…確かに背も高いし日本男児って感じで良いかも知れない。でも、なんか細すぎるような…。」 「なにその上から目線!」 「優衣が振ってきたんでしょ!」 私たちはまた可笑しくなって二人して大声で笑った。 気付くともうそろそろ最終下校の時間で、窓際でテニス部を見ていた二人と優衣は同じ方面なので一緒に帰ると言う。 私もそろそろ帰ろうとした時、教室に入ってきたのは精ちゃんだった。 精ちゃんと私は家が隣なので、もちろん一緒に帰る事になる。 三人はバスの時間があるので先に帰ってしまい、教室に残ったのは私と精ちゃんの二人になった。 「…奈々ちゃんは柳みたいなのが好みなのかい?」 誰もいない教室で、精ちゃんがそう暗いトーンで聞いてくるから思わず「え」と短い言葉で聞き返してしまった。 自分たちの会話が聞かれていたみたいで、それが気まずかったのだ。 「…や、やだな。私は男らしい人が好きなだけだし!」 はは、と台詞を棒読みにするように笑って見せる。 今まで恋愛の話なんてした事がなかったし、幼馴染だからそういう話はしにくいと思っていた。 けれど急に精ちゃんがそんな話を振ってくるもんだから、反応に困ってしまう。 「じゃあ俺は?俺の事は男らしいと思う?」 「いや〜…精ちゃんはどっちかって言うと可愛いから…。」 そう精ちゃんは可愛いのだ。女の私が羨んでしまうほどに! だから私は彼を「精ちゃん」と呼んでいる。だって「精市くん」よりも「精くん」よりも「精市」よりもそれがしっくり来ると思ったから。 彼にはちゃん付けが似合うのだ。 「…これでも?」 小さく言うと彼は私の事を抱きすくめた。突然の出来事に体は精ちゃんにされるがままになったけれど頭がついて行かない。 そんな中でも感じたのが、硬い胸板、私の肩を抱く大きな手、決して細くはない腕。 そう、それは完全に「男の体」をした精ちゃんなのだった。 「格好良い、って言われたいんだけど、俺は。」 いつもと違う低い声に心臓がドキンドキンとうるさい。 私の反応が密着している精ちゃんに伝わっていそうで怖かった。 もう精ちゃんは「男」と呼ぶ外ない、そんな風に成長していた。 最後にこんな風に触れ合ったのは、いつだっただろうか。 それはもう覚えていない程前の話で、いつの間にか知らない精ちゃんになってしまっていたようで少し怖かった。 毎日顔を合わせているはずなのに。 私の事を離すと精ちゃんはいつもの笑顔で頭を撫でてくれて「じゃあ帰ろうか」と優しく言ってくれた。 そんな精ちゃんはいつも見ている彼だけれど、今この瞬間から彼を男として意識しなければならなくなったのは、言うまでもない。 2014.2.14 |