精市と付き合い始めてからはもう長いと思うけれど、急に一人暮らしを始めると聞いた時には驚いた。 今まで彼は実家から大学まで通っていて、通学には乗り換え一回を含めて確か1時間半程かけていた気がする。 確かに通学時間は他の生徒に比べて長いし大変だけれど(実際に私の通学時間は電車で30分だ)、 大学生でいる間はずっと実家に住むものだと思っていた。

彼の両親も反対するものと思いきや、息子が自立するのだと喜んで快く受け入れてくれたそうだ。 今まで学業とバイトを両立して来たのもあるだろうし、彼自身自分の周りの事はきちんと出来る人だから 安心して一人暮らしをさせられたのだろう。



…という訳で、今日私は初めて精市の一人暮らしの部屋に行く事になっている。 大学まで乗り換えなしで電車で2駅という通学にものすごく便利なワンルームアパートらしい。 そりゃ緊張する。めっちゃ緊張する。ものすごく緊張する。 先日引っ越したのは知っていたけど、昨日急に「部屋が片付いたから明日遊びにおいでよ」とメールが来たのだ。 そんなにいきなり!?とも思ったけどそのメールには有無を言わせない何かがあった。 つまり行間を読むと「明日俺の家に来い」という事になる。 …いや、別に誰も精市が怖いなんて言ってないからね?ちょっと彼には逆らえない時があるだけで。たまに。

とりあえず場所が分からないので彼の新居の最寄駅で待ち合わせと言う事にした。 手ぶらで行くのもなんだかなぁ、と思い家の近くののデパートでプリンを2人分買って出掛けた。 昨日メールで約束した通りに南口の方に出ると彼は既にそこで待っていて、私を見つけてふわりと微笑むといつも通り手を繋いでくれた。


「それじゃあ、行こうか。」




彼の家は駅から程遠くなく、歩くのが遅い私のペースに合わせて2人で歩いても15分ちょっとで着く事が出来た。 割と新しそうな5階建の建物の3階に彼の部屋はあって、ドアを開けて入れてくれた時に驚いたのがまずその綺麗さ。 男の一人暮らしなんてぐちゃぐちゃに散らかった部屋を想像してしまうものだけど、精市の部屋はシンプルに片付いていて、 引っ越したのがつい先日なんて信じられない程だ。


「すごい、部屋、綺麗…。」

「ふふ、何もないけどね。ゆっくりして行ってよ。」



あまりの綺麗さに口からは区切り区切りの単語しか出てこなかった。 促されるままにソファに腰を掛けて、お土産のプリンを渡すとじゃあお茶でも入れてくるね、と彼はキッチンへ向かった。 ぐるりと部屋を見回すと見えるのはテレビ、ベッド、鉢植え、本棚――どれも精市の趣味がよく出ている。 このソファーだって、その前に置いてあるローテーブルだって、きっと彼自身が気に入って買ったものだろう。



「俺の新しい部屋はどうだい?」



2人分のカップを持って部屋に入ってきた精市は、そのカップをローテーブルに置くと私の横に腰掛けた。 ほかほかと湯気の出ているカップからは柔らかい紅茶の香りが漂っている。 その香りはこの部屋に似合いすぎていて、むしろこの紅茶はこの部屋に合うようにこんな香りになったんじゃないかと錯覚するほどだ。


「なんか精市らしいなぁって感じ。でも驚いたよ。一人暮らしするなんて言いだした時には。」



そう言った私の言葉を聞くと彼は上機嫌に微笑むと急に私の腰に手を回して引き寄せた。 そして耳元でこう囁く。



「そろそろと2人でゆっくりする場所が欲しいなぁって思ったからね。」



彼はあまり周りの目を気にしない人なのか、人前でもこういう事をすることはあるけれど、私はそう言うのはあんまり好きではない。 …かと言って人がいなければ良いという問題でもないけれど。 確かに彼とは付き合って長いけれど、それでもこういう事には慣れない。 今だって耳元で囁かれた時にはもう私の顔は真っ赤だ。 鏡で確認しなくても分かるくらいに、頬に熱が集まっている。 そんな私の反応に精市はさらにご機嫌になって髪をゆっくりと撫でてくれた。



この恥ずかしさを紛らわせるために紅茶のカップに手を伸ばそうとすると、本棚にある一つのラベルに目が行った。


「『精市 成長の記録』…?」

「ああ、それ…気になるかい?」


別に見たいと言おうとは思ってなかったけれど、口が勝手にタイトルを読んでしまっていた。 精市はゆっくりと立ちあがると本棚からそのラベルのあるアルバムを手に取り、私の横で開いてくれた。


「いつの間にか引っ越しの荷物に入っていてね。ちょっと恥ずかしいけれど。」


そのアルバムに入っていたのはタイトル通り小さい頃の精市の写真だった。 生まれた頃から始まって、幼稚園、小学校と少しずつ成長していく彼の姿が見られた。 正直に可愛い、と思ったのは確かだけれど、幼い精市の姿はそんな月並みな言葉じゃ表す事が出来なさそうで。 今と変わらない蒼色でウェーブのかかった髪に、子供ながらにして鼻筋の通った顔立ち。 それを表すにはきっと「可愛い」よりも「美しい」と言う言葉が似合うのだろう。

大学生になった精市は男性にして「美人」と形容することが出来るけれど、それはきっと子供の頃からそうだったからに違いない。 彼の顔は美しすぎて直視していると目を逸らしてしまう事さえあるのだから。


「…精市って子供の頃から美人だったんだね。」

溜息混じりに言うと、一口紅茶を飲んでから精市が少し苦笑しながらこう言った。


「俺の事美人って言うのはよせって…男なんだからさ。」


今までに何回も美人と言うな、とは言われてきたけれど、それでも言わずにはいられない。 それほど綺麗な顔立ちをしているのだ、自分の彼氏の事ながら。 なぜそこまで美しいと思わせる事が出来るのかと思ったけれど子供の頃からそうならば納得せざるを得ない。


「精市みたいな美人な子供、ぜったい他にはいないんだろうなぁ…。」

「そうかな?俺はいると思うけどな。例えば俺との子供とかね。」


その一言に、失礼ながら思わず精市の顔をを凝視してしまった。それでも彼は優しい笑みを崩さない。 一瞬自分の耳がとんでもない聞き間違えをしてしまったのかとも思ったが、生憎耳だけは良い方だ。 それは訳すると「お前の子供が欲しい」と言う事で合っているのだろうか。 私以外にこの言葉をこう翻訳する人は一体何人いるだろうか。 100人いたら最低でも30人くらいはそうだと思うけど。と言うかそう思いたいのだけれど。


「俺とが愛し合って出来た子供なら絶対美しい子になると思わない?」


いやね、精市の遺伝子が入っていたら絶対美しい子供が出来るよ。私の遺伝子が邪魔しなければ。 …ってそうじゃなくて、問題は精市が将来の子供の話なんてしている事だ! 取り方によってはプロポーズにだって取れかねない。

「精市、まさかそれってプ…」


プロポーズじゃないよね、と言いかけたところで彼の右手の人差し指が私の唇を塞いだ。 まるで小さな子供に「だめだよ」と言い聞かせるかのように。


「その言葉は時期が来たらちゃんと言うよ。…ただ、それくらいのこと好きってこと。」


そう言うと精市は私の事をぎゅっと抱きしめた。 彼の胸に顔を埋めながら、こんな風に愛されて、ああ私はなんて幸せなんだろう、こんな幸せで良いんだろうかと思った。 それはきっと精市も同じ事で、私たちは今世界で一番幸せに違いない。


彼のアルバムから伝わってきたのは、彼が子供の事から美しかったと言う事の他に、幸せいっぱいの両親に愛情を受けて育ってきたという事。 几帳面に作られたアルバムと、一緒に写真に映る彼の両親がそれを物語っていた。 そんな風に育ってきた彼だからこそこんな風に私に愛情を注いでくれて、そしてその愛情は私にだけでなく将来生まれてくる子供にも注がれる事だろう。


いつか、の話にはなってしまうけれど、幸せな精市と私に愛情を目一杯注がれて育つ子供は、きっと世界一美しい子供に育ってくれるはずだ。







2011.12.28

企画サイト 幸村精市誕生祭2012【GodChild -0305-】様へ提出
Title by Lump