小さい頃、大きな駅に行って新幹線に乗るのが大好きだった。 それはきっと新幹線自体が好きという訳ではなくて、どこか遠く、楽しいところへ連れてってくれるからだったように思う。 帰りは帰りで新幹線は家に帰れると言う安心感と一緒だった。 これ程憂鬱な気分でこの特急列車に乗るのは初めてだ。 全国大会ベスト4と言うのは、普通に考えれば悪くない、むしろ良い方の結果だと思う。 しかし、だ。俺は約束してしまったのだ。絶対に優勝して帰ってくると。 部長の役割は何かと言われればきっと十人十色の答えが返ってくるに違いない。 部長とは部員にやりたいようにやって貰いつつも、常に勝ちを刻み続けて行くべき道を示す者だと思っていた。 だからこそ、俺は無駄のない基本に忠実なテニスをし続けたのだ。 部長である俺が負ければ部員達に示しがつかないし、それに部員達にはいつも最高のコンディションで試合に臨んで貰いたかった。 人間関係で頭を悩ませたりもしたが、もうそれも終わり。 いつの間にか、「次は新大阪です。お出口は…」という女性の声のアナウンスが流れてきて、急いで降りる準備をした。 平日なのにも関わらず新大阪駅のホームは混み合っている。 帰省ラッシュなのだろうか。俺らのチームのメンバーも改札へと向かう波へ飲み込まれていった。 普段、部長と言う立場からか部員たちの先頭を歩く事が多かった俺だが今日は足取りが重く、 気付けば一番後ろを歩いていた。 改札を出るなりみんなはそれぞれが乗る電車へと向かって行った。 俺は新幹線の改札で待っていてくれたを見て、だけど目線も合わせられなくてそのまま一緒に電車に乗り込んだ。 電車を降りてもは何も言わない。俺はと言えば…何も「言えなかった」。 いつもなら顔を合わせればすぐに会話が始まって、例え沈黙があったとしてもそれは心地良いものだったのに。 今日はその沈黙が痛かった。 「蔵、お疲れ様」 やっとがそう一言発してくれた。 けれど何も返す事が出来ずに、そのまま歩みを進めた。 またも、重い沈黙が2人の間にずしりと降りた。 「…すまん、俺、全国優勝するって約束したのに。」 やっと俺の口が紡いだのは謝罪の言葉だった。 言いたい事、言うべきことはたくさんあったのだけれど、まず口に出てきたのはそれだった。 東京に行く前、俺はに全国大会優勝を誓った。 それは準決勝の青学との試合で儚くも散ってしまったのだけれど。 チームを優勝へ導けなかった事、約束を破ってしまった事は部長として、そして男として申し訳がなかった。 改札で会ってから何も言えなかったのも、嘘吐き呼ばわりされるんじゃないかとか、怒られるんじゃないだろうかと思って怖かったから。 「…もう引退やからさ、チームのためにテニスせんでええんやで。 そうや、今度テニス教えてや。蔵が楽しんでテニスしてるとこ見たいねん。」 はそう言いながらどこか…泣きそうだった。 そして彼女の言葉が胸を刺した。 部長になってから今まで、チームのためにとテニスをし続けた。 勿論みんながいて、部活は楽しかったしやりがいもあった。きつい練習にもみんながいたから耐えられた。 じゃあ、テニス自体は?俺はテニスそのものを楽しめていたんやろうか? 「…」 頭の中がいっぱいで、俺は彼女の名前を呼ぶのが精一杯で、歩みすらも止まった。 そして彼女を抱きしめたい衝動に駆られ、後ろを振り向く隙も与えずに両手での肩を抱きしめた。 「ほんまに、すまん…」 口から出たのはまたしても謝罪の言葉だった。 でもそれは先程とは違う意味を含んだもの。 (完璧を目指したばかりに心配かけてすまん) そう、今まで俺は完璧であろうとするばかりに知らないうちに心配を掛けていたのだと思い知らされた。 そして、もう完璧など目指さなくても良いのだと、目の前にいる彼女が教えてくれたのだ。 くしゃりと俺の髪を撫でるの手が、すべてから解放されたのだと言う事を物語ってくれた。 2011.7.8 |