以前ラズベリージャムを買ってから、この店にはすっかり世話になっていた。

きっかけは仕事帰りに雰囲気の良さそうな店やということでふらりと立ち寄ったことやった。 その時に結婚前にがずっと探していたラズベリージャムを見つけて、 もう忘れてしまってるかも知れへんと思いつつ驚かせようとこの店で買ったんや。

に見せた時は予想以上に驚いてくれてめっちゃ嬉しかった。 「ありがとう」と言った笑顔が柔らかくて、可愛くて。 結婚してからの幸せってこんな感じなんやなぁとその時実感した。

全体的に木の温かみが感じられるこの店には輸入食品や、ラズベリージャムのような手に入りにくいものも豊富に揃えてあって、 時間がある時は家に帰る前に寄って何か珍しいものをに買って帰ってやるようになっていた。



そして今日は金曜日。時間があってそんな風に会社帰りに店に寄ったところやった。

「ラズベリー…リーフ…ティー…?」

新しく入荷されたもののコーナーの聞き慣れへん名前に思わず声に出して読んでしまった。 見たところハーブティーの一種のようやけど。 確かはそういう系のお茶も好きやったと言うのと、ラズベリーという名前に気付けばそれを手にしてレジに立っていた。 今日のお土産はこれにしよう、と。



ラズベリーリーフティーにどんな効能があるかなんて知る由もなかった。







「おかえり!」

お互いに共働きな俺たちだけれど、が先に家に帰っているのが普通だった。 結婚してから周りに気を使って貰い、早めに帰る事が出来るらしい。

一人暮らしの時とは大違いで、家に帰って出迎えてくれる人がいるのはなんとも嬉しい。 「ただいま」と言って「おかえり」と言ってくれる人がいるのがどれだけありがたいのか、 一人暮らしが長かった分実感している。



いつも通り、俺の荷物とジャケットを預かってくれる。 それを預けると同時に、紙袋に入ったお土産を渡した。 いつもいつも何か買ってくれるなんて良いのに、と言いながらその表情は少し嬉しそうだ。

ガサリ、と袋を開けてラベルとにらめっこする。 その名前を呼んだところで、思いもよらない言葉がの口から出た。



「蔵…まさか…私言ってないよね…?」



何か隠し事があるかのような言い方に、少し不安になる。 それに、その事がラズベリーリーフティーとどのような関係があるのだろうか。 もしかしては元々ラズベリーリーフティーが好きだったけれどその事を言っていなくて、 よく当てたね、ということか?と少し楽観視してみるも、 その言い方からそういうものではないという雰囲気が伺えた。



「このお茶の効能、知ってる?」



真面目な声で訊かれ、いいや、と首を振る。 効能の事などこれっぽっちも考えなかった。 それを売っていたコーナーに書いてあったのかも知れないが、ついその名前に目を奪われてしまって、 気付いたら買ってしまっていたから。



「ラズベリーリーフティーってね、安産に効果があるんだって。それでね、」



その言葉の続きが予測できて、でもその予測が信じられなくて、の言葉を待つ一瞬ですら待つのが難しかった。



「お腹に、赤ちゃんがいるの。今日病院に行ったら、6週目だって。」



その言葉を聞くが早いか、俺はに飛びついた。 いや、本当は抱きしめた、と言いたいところだが飛びついたという方が正しいと思う。本当に。


…ほんまか…!俺たちの子供が、お腹の中にいるんか…!」



感動と興奮で自分でも半分泣きそうになっているのが分かる。 でも、仕方ないというか、本当に、自分たちにとっての一大事なのだ。 大事なとの間に生まれてくる子は一体どんな子なのか。 男の子?それとも女の子?名前は何にしよう、男の子だったらテニスを一緒にやりたい。 女の子だったら将来手放すのが惜しいくらいきっと可愛い子に育つのだろうな。

生まれてくるのはまだまだ先の事なのに、頭の中にいろんなことが一気に浮かんできた。



そこではっと思ったのが、自身の事。 妊娠に対してそんなに知識がある訳ではないが、いろいろと母体へ影響があるのはもちろん知っている。 具合が悪くなったりする事もあるだろう。 実際に産む時の痛みなんて想像出来たものではない。 それに対して彼女が不安になっているだろうということは当たり前の事で。 浮かれてばかりでもいられないのは事実だった。



、なんか俺だけ浮かれてごめんな。喜ばしい事でもあるけど、やっぱり不安やんな。」

「…うん、今から不安でいっぱい。けど赤ちゃんを授かった嬉しさの方が大きいよ。」


意志のはっきりとした声でそう答える。 実は不安なのは自分の方なんじゃないかと思えるほどで、なんだか彼女が頼もしく見えた。



小さな彼女のお腹には、一つの命が宿っている。 生まれるまでも、生まれてからも、大事に、大事に育てていきたい。 大変なこともあるけれど、それは周りの人の力も借りながら少しずつ2人で乗り越えていこう。



そしてラズベリーリーフティーはそんな俺たちを少し助けてくれるだろう。





2012.3.5