んんーっ、と人もまばらな大学の図書館の中で大きく一つ伸びをした。 なぜ今日のような休みの日まで大学に来ているのかというと、終わらせたいレポートがあったからだ。 家でやっても良かったのだけれど、テレビとかいろいろ誘惑もありだらけてしまう。 だから必要最低限の物とノートパソコンを持ってここに来た。 実は今週に入った時から週末は図書館でレポートやろうって決めてたんだけどね。 時計に目をやるとすでに午後3時前。 お昼を食べてからずっと集中していたので、1時間半近く課題に向かっていたことになる。 パソコンでの作業は思ったよりも疲れるものだ。しかしレポートの山は越えたし良しとしよう。 「あれ、やんか。」 声のした方を見ると忍足侑士が立っていた。 彼とは学部が違うがいくつか授業が被っていて、たまに課題で助け合う事もあった。 その端整な容姿と色っぽい声、こちらではなかなか魅力的な関西弁を話すということで 放っておく女子は少なくなかったけれど、忍足自身は割と気さくな性格ですぐに打ち解けることが出来た。 内部進学生だから困った時にいろいろ教えられたりもしたし。 彼は私のパソコンの画面を覗き込むと私がレポートをやっていたと分かったみたいだ。 残念ながら君と被ってる授業のじゃないよ、なんてね。 「折角の週末や言うのにレポートとはお疲れさんやなぁ。」 「もう大分終わったし良いの。そういう忍足は?」 「ああ、ちょっと調べもんがあってな。」 なんだ、それだったら忍足も同類じゃない、と突っ込むとそれもそうやな、と彼は笑った。 忍足の手にしている本は医学書ばかりで、彼が医学部なのだと改めて認識させられた。 そう言えば医学部の中でもトップの成績を誇っているらしく、それをキープするためにわざわざ図書館へ足を運んでいるということだろう。 理系なんて全く縁のない私には分からない世界だ。 「そうや、ええ時間やし休憩でも行かへん?」 午後3時、コーヒーブレイクにはうってつけの時間だ。 忍足によると大学から歩いてすぐのところにお気に入りのカフェがあるらしい。 私は荷物を片して彼と共に休憩へと向かった。 大学から程遠くないところにそのカフェはあり、天気が良いので私たち2人はテラスに座る事にした。 お店は落ち着いた雰囲気を持ち、どこか外国を想像させた。 天気は穏やかな晴れ、春の香りが漂ってくるような気候だ。 前に座る忍足は細身のジーンズに軽くシャツを羽織っているだけなのに、 そのシンプルな服装が更に彼自身を引き立たせているようだった。 「ご注文はお決まりでしょうか?」 少しばかり忍足に見とれていると店のウェイトレスが注文を取りに来てくれた。 「じゃあコーヒー2つと…あ、ここのケーキ絶品やねんけどな。それも頼むか?」 「あ、はい、お願いします。」 ウェイトレスさんは「少々お待ちくださいね。」とニコリとした。 何を頼むのかなんて全く頭になかったけれど忍足が注文してくれて助かった。 反射的にケーキも頼んでしまったが…あれ、忍足がケーキ? 周りからクールな印象で見られている彼が甘いものを食べるなんて少し予想外でくすっとしてしまった。 「自分、何笑うてんねん。」 関西弁でこう言われると少し怖いと思う事もあるかも知れないが、 頬笑みながら拳で頭をコツンと小突かれこう言われてもてもちっとも怖くはなかった。 そう言う当の忍足も少し楽しそうだったしね。 「だって、忍足がケーキってちょっとイメージじゃないなぁと思ってね。」 そう言いつつまたくすりと笑ってしまった。 当人はかなわんなぁ、という表情をしながら肩をすくめている。 この人もこんな顔をする時があるんだ…。 同じ授業や教授の話で会話を弾ませているとコーヒーとケーキが運ばれてきた。 それに砂糖とミルクを少々、忍足はブラックが好みのようだ。 一口コーヒーを飲むと、良い香りがふわりと広がった。 さっきまでの疲れが一気に飛んでいった気がした。 今までコーヒーなんて苦くて嫌いだったが、大学生になってようやくその良さが分かるようになった。 ケーキは丁度良い甘さのザッハトルテで、 これもまた一口食べると幸せな気分になり、疲れを癒してくれた。 前に座る忍足は上品にコーヒーをすすり、ニコニコしながらこちらを見ている。 「やっぱ連れて来て正解やったわ。さっきまでこーんな顔しとったで。」 そう言って眉間に皺を寄せて見せる忍足。 それを見てちょっと恥ずかしくなったけど、その表情が面白くてまた笑ってしまった。 「大分疲れも取れたし、ありがとね。偶然だけど今日は会えてラッキーだったよ。」 「偶然やない、言うたら?」 え、とその一言に私のコーヒーを口へ運ぶ手が止まった。 私が今日大学の図書館に来る事は忍足には知る由もないだろうし、てっきり偶然だと…。 彼はカチャリ、とカップをソーサーに置くと、真剣な眼差しでこちらを見た。 「自分の友達にな、今日図書館に来るって聞いててん。そんで偶然を装って話しかけた訳や。」 友達に遊びに誘われた時に大学で課題をやるから、と言い断った事を思い出した。 でもなんで忍足が私の友達にそんな事を? なんでわざわざ偶然を装って話しかけてきてくれたの? 「ずっと言うチャンスを狙ってたんやけどな…。好きや、。」 そう言うと彼は私の両手を取り優しく包み込んだ。 真剣な瞳をまっすぐに見れなくて少し目線を逸らすしかなかったけれど、 でも彼の温もりが手から伝わって来た。 「また一緒にコーヒー飲みに来いひんか?…今度は恋人同士として。」 恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。 顔なんて上げられなかったけれども、精一杯肯定の意味を込めて手をきゅっと握り返した。 そんな昼下がりのコーヒーブレイク。 2011.5.29