はぁ、と深く溜息をひとつ吐いた。
溜息を吐くと幸せが逃げるなんていうが、吐きたいものは仕方ないのだ。
というのも、朝練でへまをやらかしてばっかりだったからだ。
宍戸さんには激を飛ばされるし、跡部さんにはグラウンドを走らされるし。
朝からテンションは最悪だった。


教室に入って鞄を机にどさりと置き、窓側の席に腰をかけた。
外を見ればどんよりと曇っていて、溜息を吐かずにはいられないというものだ。



「あれ、鳳くん今日元気ないね。」


そう声をかけてくれたのは隣の席のさんだ。
彼女とは席替えをしてからよく話すようになった仲だった。

「朝練でちょっと調子悪くてね。」

本当はちゃんと笑って返事したかったのに、
ははと、自分でも分かるくらいの空笑いになってしまった。
これでは相手も反応に困ってしまうだろうと申し訳ない気持ちになるくらいだ。



しかし当のさんはさほど気にしていないようであった。
そっかそっか、なんて言いながら制服のスカートのポケットの中から何かを取り出した。




はい、と言われて渡されたのはオレンジ色の飴玉で。
それを渡してくれた彼女の笑顔も綺麗な飴玉の色に負けない程だった。



「この飴玉には鳳くんが元気になる魔法をかけました。
 なのでこれを食べるとたちまち元気になりまーす!」




小学生じゃないんだから、なんて思いながらついくすっと笑ってしまった。
その笑いはさっきの空笑いなんかとは違って心から出た笑いだった。


…あ、これがさんの狙いだったのか。これが彼女なりの励まし方なのか。
飴玉なんか食べなくてももう元気になれたけれども、せっかく貰ったし頂こうと小さな包みを開けた。
口に含むとオレンジの甘酸っぱい味が口に広がった。これが彼女がかけた「魔法」の味なのかも知れない。
空を見ると雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいて、今日も頑張ろうという気持ちに少しなった。


隣の席の彼女を見ると、満足そうな表情でニコニコしながらこちらを見ていた。












思わぬ場面に遭遇してしまったのはその数日後だった。

忘れ物を取りに行くために放課後の教室に向かった。
…のはいいのだが、誰もいないはずのそこにあったのは2つの影。
なにも後ろめたい事をしに教室に来た訳ではないが、反射的に陰に隠れてしまった。



「…ごめんな。」

「ううん、伝えられただけでも良かったし…。ありがとう。」




断片的に聞こえてくる会話から察するに、女子生徒が告白をして振られてしまったというところだろうか。
学校でも良くある光景だ。気にするまでもないだろう。




…それがさんでなければ。





男子生徒が教室を出て行ったのを見てから、立ち上がり教室へ入った。
教室にはたった一人彼女だけが残っていて、
声を掛けようか掛けまいか悩んでいると先に彼女の方が気付いてしまった。


振りかえった彼女のその瞳には涙が限界まで浮かんでいた。
相手には涙を見せまいと我慢していたのだろう。
でももうそれ以上は我慢できないだろうというところまでに達している。




そんな彼女を見ると頭よりも体が先に反応をしてしまって。


気付いたら彼女を腕の中に包み込んでいた。



「泣きたいなら思いっきり泣いて良いから。」




その言葉に堰を切ったように彼女は泣きだした。
頑張ったんだね、という思いを込めて頭をぽんと撫でてやった。






ひとしきり泣き終えると俺はポケットの中にあるものが入っていたのを思い出した。
それは彼女の涙みたいな真ん丸い青色の、ソーダ味の飴玉。



「この飴玉には俺が魔法をかけました。
 これを食べるとたちまち元気になります。」




それを聞くと彼女はふふふ、と笑って飴玉を受け取った。
まだ瞳に涙は少し浮かんでいるけども、その表情はいつもの笑顔だった。





…その時からか、君の笑顔をずっと見ていたいと思うようになったんだ。






(君が飴玉にかけた魔法は、僕を好きにならせる魔法だったのかも知れない。)





2011.5.29