放課後、好きな人と教室で二人きりというシチュエーションはなんとおいしいのだろう。
ただ絶対に相手には好きには言わない。
だってそんな間柄ではないからだ。



宿題になっている問題集を取りに、部活が終わった後に教室に行くと、あいつ、仁王雅治が教室にいた。
予想外の展開に口が緩みそうになるが、そうはしない。
この気持ちを仁王に悟らせるなんてことは絶対にさせたくないから。

「あ、仁王じゃん。部活終わり?お疲れ様。」

あくまでもただの“良いクラスメイト”を装って声を掛ける。
内心では心臓がバクバク鳴っているのを隠して、ロッカーの上に鞄を置いた。
自分のロッカーの中を漁ろうとすると、ふいに仁王がこちらに近づいてきたのを感じる。

「え、仁王…?ちょ、」

きゃ、という短い悲鳴が教室の中に響いた。
とは言っても、それは仁王以外には誰にも聞かれることはなかった。
壁を背に、仁王が目の前にいる状況を、どう説明すればいいのだろうか。
しかも両側は仁王の両手によって塞がっており、逃げることは出来ない。


「どうしたの、仁王。」

心臓は先ほどよりも何倍も早鐘を打ち、音が聞こえているのではないかと思うほどだ。
目の前にいる仁王の表情は、逆光になっているせいでうまく読み取れない。



「お前さんは、」

ゆっくりと、薄い唇を開き、仁王はそう始めた。


「本気で力使えば逃げられる状況なのに、逃げはせん。」

うっすらと見えた彼のまなざしに、少し怖いものを覚えたが、もうここからは逃げられない。

「お前さん、俺のこと好きなんじゃろ?」

普段ならば冗談で笑い飛ばせてしまいそうな言葉にも、今は何も言えない。
もう、私はここから動けないのだ。

「そう、だよ…。」

なにかに負けてしまったような気持ちになりながら、そう返す。
その言葉を聞くと、仁王は満足そうな表情をしてから、私の下唇を甘噛みするようなキスを落とした。



ああ、私は自分が思っているよりも、この男に深く落ちている。



2012.11.3





いわゆる壁ドンのお話です。
ツイッターで絵師さんであるフォロワーさんとの交流で書かせていただきました。