今朝登校してきた時にうっすらとの目が赤かったのを見逃さなかったのは隣の席の仁王だけだった。 仁王はそれに気が付いた時からずっとの様子を伺っていたが、 一時間目、二時間目と普通に授業を受けていたので特に気にはならなかった。 しかし、三時間目が始まる前に「ごめん、ちょっと保健室行くから先生に言っておいてくれる?」 とが友人に告げて教室が出て行った時、仁王も同時に席を立った。 本当は保健室に行くのではないと、なんとなく察していたからである。 仁王が思った通り、は保健室に向かうのではなく校舎裏のベンチへと向かっていた。 そこなら先生も巡回して来ないし、人も通らないし見つかることはない。 彼女はそこへ腰かけて、地面を見つめながら息を大きく吸い、大きなため息を吐いた。 体育の授業を行っているクラスもなく、授業中の校舎の外は静まり返っていて、彼女のため息の音が鮮明に響いた。 それがなんだか少し悲しくて、昨日の事を思い出して鼻の奥がツンとして思わず涙が出そうになるが、 その涙が止まったのは予想外の客人のせいだった。 「保健室行くゆうてサボりとは、悪い子じゃのう。」 銀色の髪を揺らし、ポケットに手を突っ込みながら仁王はの横にドサリと座った。 は突然仁王が表れた事に対して驚きを隠せないようだったが、その瞳には涙が少し溜まったままだった。 「た、たまにはそういう気分の時だってあるよ。」 そう言うとは少し鼻をぐすり、と鳴らす。 この時点でもう仁王には彼女が泣きそうだったと言うのが分かっていたし、いつ泣き出すかと気が気ではなかった。 「なあお前さん、なんかあったじゃろ。」 「…別に何も。」 「…何言うとるんじゃ。今にも泣きそうな顔して。目も腫れ取るし。」 彼は「詐欺師」と呼ばれるだけあって人を観察する眼には長けていた。 今日だって誰も彼女の異変に気付かなかったのに、仁王にはそれが分かっていた。 泣きそうな事も、目が腫れている事も、彼には一目で分かってしまっていたのだ。 そして、彼女の瞳から一筋の涙が流れたことも、何もかも見逃さなかった。 「昨日、お母さんと進路の事で言い合いになって、言い過ぎちゃって…。」 の目からもう一筋の涙が流れる。 仁王は人を観察する眼には長けていたけれど、人の涙を見るのは滅法苦手だった。 そんな時彼が差し出すのは左手の人差し指。 「、ちょっとこの人差し指見てみんしゃい。」 彼はまるで日曜日の朝のテレビアニメの魔法使いの女の子がするように人差し指をくるくると回し「ちちんぷりぷり〜」と唱える。 「詐欺師のイリュージョンじゃ。これであっという間に元気になれるぜよ〜。」 「…ははっ、何それ!本当に効果あるの?仁王詐欺師だし疑っちゃう!」 その「おまじない」はかなり胡散臭く、まさに詐欺師がするようなそれであった。 しかしそれがを一瞬でも笑わせたのも事実。 彼女の表情を見て仁王は詐欺師よろしく口角を上げてにやっと笑った。 「…ほら、笑うた。今日初めて笑ったじゃろ。やっぱお前さんは笑顔の方がええ。」 それだけ言うと彼はベンチから立ち上がった。教室に戻るのか、彼のお気に入りの屋上に向かうのかは分からないが。 ははっとして思わず仁王の言葉に笑顔にされていたことに気付いた。 彼のおまじないは本物だったのか、それともペテンだったのかはだけが知る事だろう。 2012.10.28 |