「仁王雅治が丸くなった」というのは、最近誰もが思う事であった。 丸くなったと言っても体重が増えたとか、体に脂肪がついたとかそういう事ではない。 彼の細い腕と脚は変わらず。そう、肉体的に、でなく内面の事である。 目つきや表情、物腰がとびっきり優しくなったのだ。

 そもそもまず仁王雅治と言う青年の事を説明しておかなければならない。 彼は現在立海大学の三年生で、大学には附属の高校から入学してきた。 中学、高校の時は全国レベルのテニス部に所属し、毎日練習に明け暮れているスポーツ少年だった。
 ところが大学に入ると彼は一遍、人が変わったように学校にもほとんど来なくなった。 少年は酒とたばこを覚え、いわゆる不真面目な方向へと向かって行ってしまったのだ。 女性関係では来るものは追わず去る者は拒まず。 彼は中高生の時もそんな噂を纏っていたが、以前と違うのは大学生の彼にはそれが本当だという事。 「夜の仕事をしている」という噂も流れたが、誰かが本人に聞くと答えは「お前には関係ないじゃろ。」だったという。
 何が彼をそんな風にさせたのか、はっきりと知る者はいない。 ある人は仁王がテニスを止めて手持無沙汰状態になっているからだと言った。 元々人が良さそうな見た目ではない仁王は、更に周りから話しかけられにくくなり、 かつて共にテニスを楽しんだ仲間ですら話掛け難かったという。

   そんな仁王雅治が突然丸くなった時期と、彼がという女の子といつも一緒にいるのを見られるように なったのは、同時期であった。 は仁王と同じ学部で同じ学年であった。 仁王とは正反対の、大人しい性格で交友関係は狭く深くというタイプ。 そんな二人が付き合い始めた理由は誰も知らなかった。 ここまで言えばはっきりと分かるとは思うが、彼が丸くなった理由もなのである。
 例えば、仁王は先日煙草を止めた。今まで一日一箱吸うほどのヘビースモーカーだった彼が止めた理由は至って簡単である。 仁王はが喘息の発作を起こしたところに立ち合わせたのだ。 それは彼にとって人生で初めての事だったらしく、気が動転してしまった。 背中をさすったりと出来ることはして発作は治まったものの、 後日喘息について調べてそれっきり仁王は煙草を一切吸わなくなった。 今までどれだけでも飲めた酒も、今はもう飲まない。 車で彼女を家まで送り届けなければいけないからだ。 いろいろな女と交わることも、もちろん止めた。
 仁王はそんな昔の自分がくだらないとすら思い始めていたし、それほどを深く愛していたのだ。




、待たせたかの?」
「ううん、大丈夫だよ。」

 今日も仁王は車でを家まで迎えに行き、一緒に出掛ける。 を見る時、彼は誰にも見せたことのない様な優しい顔で彼女を見るのだ。 それこそ、例えば一年前の仁王しか知らない人間が、 彼がこんな表情が出来ると想像するなんて不可能だろう。

「雅くん、いつも本当にありがとうね。」
「ええんじゃよ。それほどが大切なんじゃから。」

 そう言ってまた仁王は誰にも向けたことのない、だけに向ける笑顔を見せた。


 恋をすると人は変わる、とはなんとも言いえて妙だ。 確かに人は愛する人が出来ると、良くも悪くも変わってしまうものである。 しかし、少なくともこの仁王と言う青年に取って恋愛はプラスに働いたようで、 それはなんとも喜ばしい事と言えるだろう。



2012.4.29