春の雨は、思いの外冷たいものだ。 時刻は夜十時を過ぎていて、辺りはすっかり暗くなっていた。 あまり通り慣れないこの道を、少し警戒しながら家へと向かう。 今日はサークルの新入生歓迎の食事会、のちにカラオケだった。 私は先日地方から上京、と言っても神奈川県だけど地元よりは都会に引っ越してきて、もちろん大学に知り合いは誰もいない。 最初は緊張していたけど同い年の子たちとも仲良くなれたし、隣の駅の近くに住むの先輩と電車で一緒に帰る事も出来た。 今朝天気予報で夜遅くに雨が降ると言っていたけれど、正直こんなに降るとはと思っていなかった。 小さいながら折りたたみ傘を持ってきて良かったが、春独特の強い風も吹いているから役に立たないっちゃ立たない。 帰ったらすぐにシャワーを浴びたい。 まだ住みなれないこの土地の夜道を歩くのは少し怖いから、駆け足で家へと向かう、その途中の事だった。 電柱に寄りかかる様に、人が座り込んでいる。その横には大きな鞄が置いてあった。 目を引くのはその銀色の髪の毛と、尻尾とでも言えるだろうか、そこからちょこんと結ばれた髪。 良く見るとその人はブレザーを着ている。ということは、中学生か高校生? ズボンを穿いているところからその人物が男子学生であるということが分かった。 しかし、こんな夜遅い時間に雨の中、しかも制服のままでいる彼の親は心配していることだろう。 私は自分自身が早く帰りたいと言う気持ちは山々であったが、それよりもこの少年が心配になってしまった。 「ねえ、君大丈夫?親御さん心配してない?」 近づいてみてびっくり、彼のブレザーにある紋章は自分の大学の附属校のものだったのだ。 確かこの色のブレザーは、高等部のものではない。中等部のものだろう。 …ということは彼は中学生なのである。中学生がこんな時間に制服で外を出歩いているなど、物騒極まりない。 それなのにも関わらず、彼は私が話しかけてもこちらを見ようともしないし、うんともすんとも言わない。 「ね、もう遅い時間だし、家に帰ったほうが良いよ?補導されちゃうかも知れないし。」 しばらくの沈黙が降りた後(き、気まずい…)彼はぼそりと、かろうじて聞き取れるような声でこう言った。 「…家には帰りとうない。」 …彼はもしかしたら大変複雑な家庭環境にいるのではないだろうか。 親同士が喧嘩していて離婚寸前とか、親のどちらかが暴力を振るっているとか。 だとしたらものすごく失礼な事を聞いてしまったかも。 私の家は両親が仲がいいからそんなことはないけれど、そんな彼の家庭環境を想像したら思わず同情してしまう。 それだったら家に帰すのは悪いし、警察に引き渡すのも何かばつが悪い。 友達に家に泊まれないの?と聞こうと思ったがもうこんな時間、今電話するのも気が引けるのだろう。 「…じゃあ、うち来る?」 そう言うと少年ははっと顔を上げた。なかなかどうして整った顔立ちをしている。 ただ彼は少し警戒しているような表情でもあった。例えるならば、猫。迷い猫のようだ。 彼はまたぼそりと「…ええんかの。」と呟いて、私はそれに笑顔で応えてあげた。 私の小さな折りたたみ傘の中に彼を入れてあげて、一緒に家へと向かったのである。 私はまるで、猫を拾ったような気分だった。 「着いたー…ただいまー…。」 誰もいないのにただいまと言うのは私の癖になってしまっている。 とりあえず電気を付けて、適当に傘を玄関に置いた。 少年は戸惑っているように見えたが(まあそれも仕方ない。人に家に上がる時は誰だって緊張するだろう。)とりあえずシャワーを勧めた。 見るところによると結構長い時間外に座り込んでいたようで髪は濡れているし、ブレザーも肩の部分は色が変わっていた。 彼は戸惑いながらも何も言わず、とりあえず私の言われた通りシャワーを浴びに行ってくれた。 その間に私は自分の寝巻の大きめのジャージとTシャツとタオルを用意して、ブレザーをハンガーにかける。 これはファブリーズした方が良いかも知れない。雨に濡れて変なにおいがつくのもあれだし。 そんなこんなしてるとあっという間に少年はシャワーから出てきていた。 私のTシャツとジャージは中性的なデザインだったので、彼が来ても別におかしくはなかった。うん、良かった。 いつもぶかぶかのサイズを着ているから私より身長が高い男の子でも着れたみたいだし。 私も次にシャワーを浴びようと「じゃあ適当にテレビでも見てて」と言うと、お風呂場から出てきた時に本当に大人しくテレビを見ていてなんだか可愛かった。 何か飲もうと冷蔵庫を漁っていると、彼は私をじっと観察するように眺めていた。 そういえばまだ自己紹介もしてなったっけ。 「…ごめんねなんか。でも同じ立海生だと思うと放っておけなくて。あ、私、って言うの。 君は、中学生だよね?何年生?」 「…三年生じゃ。別に謝らんでええ。むしろ…すまんの。」 「あ、私は良いんだよ?ひとり暮らしだし。最近大学で引っ越してきたばかりなんだけどね。」 「お前さん、大学生なんか?小さいからそうは見えんかったの。」 「何それ!泊めさせて貰っておいて!もう出てけ!」 「はは、悪い悪い、冗談じゃ。行くとこないき追い出さんといて。」 少し会話をすると彼はなかなか面白い少年だという事が分かった。 最初は警戒(?)されていたようだけど、今は緊張がほぐれたのか笑顔も見える。 変な方言が特徴的な彼は中学生にはおよそ見れないけれど、中身は年相応に思えた。 けれど彼の笑顔の裏に複雑な家庭環境が潜んでいることを思うと少し胸が痛む。 私の事を不安な目で見ていたのも、きっと他人に対する警戒心が強いからなのだろう。 そろそろ寝る時間になった時、ベッドで寝る?と聞いたけれど彼は床でええよ、と言ってくれた。 一応客人を床で寝かせるのは悪いと思ったから聞いたけど、正直疲れていたからベッドで寝かせて貰えて良かった。 小さいテーブルを端に寄せてから一人寝るのがやっとのスペースに予備の布団を敷いて、私と少年は眠りについた。 TOP 02 2012.4.8 |