準ちゃん、私のこと覚えていますか? あの約束、覚えていますか? また埼玉に戻れるなんて夢にも思っていなかった。 埼玉に戻ると聞いた時、真っ先に思い出したのは準ちゃんのことだった。 あの約束を、忘れたことはなかったから。 幼稚園に入る前に埼玉に越してきた私にとって、準ちゃんが始めての友達だった。 1つ年上で、お兄ちゃんみたいな存在でもあった。 準ちゃんの弟も含めて、お互いの家を行き来したり、公園で遊んだりしていた。 近所に子供が増えてくると、毎日と言っていいほど一緒に遊んでいた。 よく鬼ごっことかドッジボールとかしたっけ。 へとへとになるまで遊んだり、服を汚してお母さんに怒られたりもした。 準ちゃんは野球選手になるのが夢だと言って、よくおじさんとキャッチボールをしていた。 私は野球はよく分からなかったけれど、「準ちゃんってすごいなぁ」と思っていた。 「中学生になったら野球部でピッチャーやるんだ」と中学入学前に準ちゃんは言っていた。 「じゃあ試合見に行ってもいい?」と聞くと照れたように笑った。 準ちゃんの試合が見れることを、すごく楽しみにしていた。 だって、ピッチャーなんて1番目立つポジションでしょ? 「絶対見に来いよ!」と言われて約束をしたのは今でもはっきりと覚えている。 けれども、私は試合を見ることは出来なかった。 準ちゃんが中学生になる前に、引っ越ししてしまったからだ。 友達に引っ越しを告げると、「ずっと友達だよ」とか「転校してもなら大丈夫」とか言われた。 でも準ちゃんにだけはなかなか言えなかった。 引っ越ししたら、試合を見に行けなくなる。約束を破ることになってしまう。 引っ越すことを言ったら、準ちゃんを怒らせてしまいそうで怖かったんだ。 でもお母さんの口から引っ越しのことが伝わってしまい、私は準ちゃんに必死に謝った。 「約束が果たせなくてごめんなさい」と。 その時、準ちゃんは「大きくなってから見に来れば約束破りにならないよ!」と笑って言った。 泣きそうだった私も笑顔を取り戻し、また約束をした。 「私は、絶対に準ちゃんの試合を見に行きます!」 引っ越しの当日、準ちゃんが手紙とくまのぬいぐるみをくれたのには驚いた。 似合わない柄の便箋で(きっとおばさんに書かされたんだと思う) 短く、「約束、覚えてろよな!」とだけ綴られていた。 それもなんだか準ちゃんらしくて、ありがとう、と心の中で呟いた。 引っ越してからは年賀状を送るくらいで、殆ど連絡は取らなくなってしまっていた。 中学生になって携帯を持ち始め、良かったらメールくださいと年賀状にアドレスを書いた。 しばらくしてメールが来て、聞きたいことはいっぱいあったけど、聞けずにいた。 なんでかわからないけれど、少し気まずい気分になってしまったのだ。 それからメールは全然してなくて、埼玉に戻ることになったとメールしようかと悩んでいる。 お母さんも「準ちゃんにメールしといたら?」と言っていたけれど、全然メールしていない人にするのは勇気がいる。 しかも相手は男の子なんだから。 そうこうしている内に、埼玉に引っ越す日がやって来てしまった。 入学する高校は私立で中学からの持ち上がり組もいるらしいけど、外部から来る人の方が多いらしいから大丈夫だろう。 あとキリスト教主義の学校って言ってたな。 新しい家は前の家から歩いてすぐで、もちろん準ちゃんの家もすぐ近くにある。 でもまだ挨拶回りには行けず、今日は片付けだけで終わってしまいそうだ。 …と思っていたのに。 「、高瀬さん家に挨拶に行ってきなさい。」 夕方、お母さんにお菓子の詰め合わせを渡され、高瀬家に向かうことになった。 挨拶はお母さんが行くって言っていたのに。 そう反論すると、早く行ってきなさい!と言われた。 準ちゃんの家までの道は全然変わっていなくて、懐かしい気持ちになった。 でも、ここがまた私の地元になるんだと思うと、くすぐったかった。 「高瀬」と書かれた表札を前に、インターホンを押そうとする私は緊張していた。 数年間会っていないだけなのに、準ちゃんに忘れられていないか不安だったんだ。 私のことも、あの約束のことも。 意を決してインターホンを押した。 おばさんが出てくるだろうと思っていた私の予想は見事に裏切られて、出てきたのは準ちゃんだった。 学校から帰ってきたばかりのようで、制服を着ている。 あれ、あの制服、どこかで見たような… 「準、ちゃん…」 「…?」 あぁ良かった。どうやら私のことは覚えていてくれたみたいだ。 準ちゃんは背が伸びて少し大人っぽくなっていた。 けれど、ちゃんと準ちゃんだってわかる。 「なんでここに…?」 「あれ、おばさんから聞いてない?私、埼玉に戻ってきたんだ。」 準ちゃんは目を真ん丸くさせて驚いているみたい。 そりゃあそうだよね。引っ越したはずの幼馴染が急に会いに来たんだから。 やっぱりメールしとけば良かったと思ったけど、後悔先に立たず。 私はお菓子を持って来たことを思い出して、準ちゃんに渡した。 「で、挨拶に来たから、これ、みんなで食べてね。」 「ああ…。本当に戻って来たんだな。」 本当はまだ事情が呑み込めていないのか、戸惑っているみたい。 でも、少し嬉しそうに見えるのは目の錯覚じゃないよね。 少し間を置いて、私は約束の話をしてみることにした。 準ちゃんが、覚えてくれていますように。 「準ちゃん…約束、覚えてる?野球、やってるよね?」 こんなに少ない言葉で思い出してくれるかどうか不安だったけれど、心配無用だったみたいだ。 「ああ、もちろん。俺の試合、見に来てくれるんだったよな。」 その言葉に思わず顔がほころんだ。 良かった、覚えてくれてたんだ。本当に、本当に良かった。 やっと、約束、守れるよ。 「それでさ…」 「あ!」 急に叫んだ私は、どうしたんだ?と尋ねられた。 準ちゃんの制服、見覚えがあると思ってたら… ああ私のバカ!なんで気付かなかったんだよ! 「桐青の制服じゃん…」 「え?そうだけど…」 桐青って言ったら、他でもない… 「私が入学する高校…!」 「マジで!?」 え、ってことは準ちゃんと同じ高校? 先輩後輩になるってこと?…信じらんない! 「…俺、中学も桐青でさ、ずっと野球やってんだ。しかも桐青高校って去年甲子園行ったんだぜ。」 それは知ってる。去年の甲子園、埼玉の代表校は気になって見てたし。 学校説明会でも先生が言ってたしね。 「じゃあ準ちゃんも甲子園に行くの?」 「行けるかどうかはわかんねぇけどな。そのつもり。それに、俺、一応エースピッチャーだし…」 少し照れながら準ちゃんは言った。 エースだなんて、小さい頃、キャッチボールしかしていなかった頃の準ちゃんとは大違いだ。 いつの間にかすごく成長しちゃって… たった数年間なのに、変わっちゃったんだと思ってしまう。 でも、約束は覚えてくれているから、それで良い。 「で、今度春の大会があるんだけど…。 良かったら、見に来てくれないか?」 「もちろん、喜んで!」 だって、約束、守るんだから。 準ちゃんの試合見るの、楽しみにしてたんだよ。 何年間も、ずっと。 いつか、甲子園で準ちゃんが投げてる姿も見てみたいと思った。 「あ、良いこと思いついた!準ちゃん、今度は準ちゃんが私に約束してくれる?」 「いいけど…何だよ?」 「私を甲子園に連れてって!」 どこかのマンガで聞いたようなセリフだけど、今度は準ちゃんが約束する番だ。 私は今度の試合、見に行くから。 …ううん、何度でも、何度でも見に行くから。 「…わかった。約束な!」 「うん!」 約束は、お互いが覚えていれば絶対に守られる時が来る。 だから準ちゃん、絶対甲子園に連れてってよね? 「約束」がテーマのお話です。一応時期に合わせて書いてみました。 Thank you for reading! 2009.3.30