天気がいいから掃除をしよう、と思った。 忙しくてちゃんと掃除する暇なんてなかったから。 高校に入ってから1か月近くになり、もう五月晴れと言える空が広がっていた。 空気を入れ替えるためにも窓を開けると、心地よい風と新緑の香りが部屋に入って来た。 しばらく掃除していると、机の奥から凄く懐かしいものが出てきた。 小さいころのアルバムだ。 もう何年も開いていないであろうそれは少し埃を被っていたものの、中の写真は綺麗なままだった。 ページをめくってみるとほとんどの写真は私が孝介が写っている写真。 一緒にプールに行った時のものだったり、クリスマス、お正月のものだったりもした。 あぁ、私とあいつってやっぱり幼なじみなんだ。 いつからだろう…孝介と距離を置き始めたのは。 中学時代のことが思い出される。 中学に入って、しばらくは孝介と一緒に登下校をしていた。 それは小さいころからずっとしていたこと。 クラスが違っても、部活が違っても関係なかった。 小さい頃から変わらない他愛のない話をする時間が私は大好きだった。 でも、小学校の時とは違う変化を私は感じていた。 それは孝介がモテ始めたこと。 確かに大きな瞳をした孝介は一般に可愛い顔の部類に入るのだろう。 野球をやっていると言う事も要因だったかも知れない。 この年頃ではスポーツが出来ることが凄く格好良く見えるものだ。 女子の間でささやかれる孝介の名前。 そしてこんな噂も流れるようになった。 (さんていつも泉くんといるよね。もしかして彼女?) (違う違う。だって泉くん彼女いないって言ってたし) (幼なじみらしいわよ。) (え、じゃあもしかしてさんて泉くん狙い?幼なじみだからって図々しくない?) (だよね〜) 私に痛い視線を送ってくる女子がでてきたのは、噂が流れるようになってからだ。 それは私には少し辛くて。もちろん味方してくれる子もたくさんいた。 でも、私は一部の女子から「孝介狙いの図々しい幼なじみ」のレッテルを貼られた。 「いい加減、泉くんから離れなさいよ。」 すれ違う度に耳元で囁かれる言葉。 こんな嫌われ者――― 一緒にいる孝介が可哀想だと思った。 だから、決意した。いっそのこと遠ざけてしまおうと。 「孝介。」 「おう、!今日も部活終わったらいつものとこな。」 「……私、今日から一人で帰る。」 「……え?」 「朝も一人で行くから。」 「は?ちょっと待…」 「バイバイ、孝介」 しばらくして、私と孝介は殆ど話さなくなった。 元々クラスも違うし、一緒に帰る以外に話す機会なんてなかったから。 これでいいんだと思っていた。でも、離れて初めてわかった。 今まで一緒にいるのが当たり前だったんだな。当たり前すぎて、失うまで分からなかった。 心に穴が開いたかのような喪失感。 でも仕方ないからと自分に言い聞かせて中学3年間を過ごしてきた。 偶然にも高校も同じになった。お互い志望校のことについて話した訳ではないが、2人共西浦に通う事になったのだ。 だけど私は7組。孝介は9組。 これからも中学時代と同じように過ごしていくんだろうな。 心の中でそう決めつけていた。 アルバムを半分ほど開いたところで、何かが出てきた。 それは封筒のようで、拙い字で「こうこうせいになったら よんでね」と書いてある。 こんなもの、書いた覚えはないのだけれど… でもその字は確かに幼いころの私の字だった。 私は戸惑いながらも封筒を開けた。 そこには手紙が入っていた。 10ねんごのわたしへ げんきですか? わたしはげんきです わたしはいま5さいです あなたは15さいですよね? きょう、こうすけくんといっしょにたいむかぷせるをうめました 10ねんごのきょうに、こうすけくんといっしょにあけてください あいことばは「ひみつきちのまえでね」です 5がつ1にち 10ねんまえのあなたより 私はカレンダーを見た。今日は4月30日。予定の日は、明日だ。 秘密基地の場所も…だいたいは覚えている。 我ながらよく覚えているな、と思った。子供の頃の記憶は思ったよりもこびり付いているものだ。 ………でも孝介はどうだろう? きっと、覚えてないだろうな。10年前のことなんか、もう。 あぁダメだ。気持ちがブルーになってきた。 私は掃除を中断して少し出掛けることにした。 家を出て、少し赤くなり始めた空を見ながら近所のコンビニまで歩く。 何を買おうかな、と考えていると、コンビニから一人の男の子が出てきた。 ―――孝介だった。 「…孝介」 なんで声が出たのかわからない。 口が、勝手に、動く。 「何。」 そう短く答えるのは、変わったようで変わっていない孝介。 「明日…暇?」 「一応。」 「じゃあ、明日1時に………『秘密基地の前でね』」 言った。言ってしまった。 それだけ言うと私は足早にコンビニへ入った。 覚えているはずないと思いながらも、心の奥底では、覚えてくれているといいなという希望的観測があったのだろう。 でもなければ口が勝手に動いたりしない。 本当に、自分でも驚いた。と同時に、一種の達成感というか…清々しさがあった。 明日、孝介は来てくれるだろうか。 (期待しちゃダメだと分かっていても、期待している自分がいる) あとがき 全3話の予定です。 さあこれからヒロインと泉はどうなるんでしょう? 2008.7.24 2011.5.9 加筆修正