<泉孝介>


「ねぇ孝介」 
「ん?」 
「恋してる?」 

幼なじみからの唐突な質問に、俺は口に含んでいたジュースを吹き出しそうになった。

「何でいきなりそんな質問…」 
「答えになってない」 

俺の疑問はきっぱりとした言葉で流されてしまった。 
…こいつに嘘もつけないし。 

「してる、けど」 

俺がそう言うと、こいつは一拍置いてから 
「いいなぁ!恋に部活に!青春してるねぇ」だなんて言ってきた。 

「お前、失恋でもしたのか?」 
俺が尋ねると、こいつは照れくさそうにこっちを向いた。

「ううん。でもなんかさぁ、恋したいなぁなんて」 

冗談めかした言い方だった。 
けど、こいつが心の底からそう思っていることが伝わった。

「恋してるとさ、今日は何回話せたーとか、そんなことで毎日楽しくなれるんだよね。不思議なことに」

まるで遠い日の思い出を語るかのように、懐かしそうに、こいつは話をした。
そう言えば中学の頃は毎日毎日嬉しそうに俺に報告してたっけ。
俺にとっちゃ全然愉快じゃなかったけど。

「最近なんかイマイチ楽しくないしさぁ。良い人見つけなきゃね!」

「じゃあ目の前にいる奴なんかどうだ?」

我ながらかなりクサい事を言ったかも知れない。

だけど俺の前には、はにかんだ笑顔で「最高だよ」と言った俺の幼なじみがいた。









<阿部隆也>


「ねえ、レモンツリーって知ってる?」 
 
そいつは独り言を呟くように俺に尋ねた。
俺は小さくいいや、と返事した。 
 
「レモンツリーには、可愛くて甘い香りの花が咲くの。 
 でも、その実は苦くて食べられないっていう言い伝えなんだ」 
 
そいつは空を見つめながら淡々と続けた。 
 
「でね、これは初恋をレモンツリーに例えた歌なんだけど。 
 やっぱり初恋って苦いのかな」 
 
ほんの一瞬だったが、そいつが目を細めたのを見逃しはしなかった。 
どこか寂しそうで、悲しそうだった。 

「でも、単なる言い伝えなんだろ?」

そいつは俺の方も向かずに、まぁね、と答えた。

「でも、私にその実をかじる勇気なんてないよ」

「じゃあ俺がかじってみる」

え、とそいつが不意を突かれて振り向き、目が合った瞬間、

「お前が好きだ」

俺はレモンツリーの実をかじった。

そいつの目からは大粒の涙が流れてきた。

「私も、だよ…」

俺らにとって、レモンツリーの実はまだ少し酸っぱすぎたかも知れない。
けど、その中にある甘さも、きっとすぐに見つけられるようになるから。



レモンツリーの実は、決して苦くなんてない











<高瀬準太>


「おはよう、準太!」
「はよ」

毎朝早い時間からの朝練なのに、お前はいつも一番に来て、準備してくれてる。
あの時お前が説教してくれなかったら、俺はここにいなかっただろう。


夏大の初戦敗退後、俺は部活をサボっていた。
その頃お前に言われた言葉は、今も心に残っている。



「先輩に申し訳ないと思ってるなら、サボってないで練習しなよ!
 来年桐青を甲子園に連れてってよ! 野球好きなんでしょ!?
 いつまでそんな風にしてるつもり!? そんなんじゃ先輩も悲しむよ!」


そう言ったお前の目には、確かに涙が浮かんでいた。


俺は、部活に行かないことで、罪を償っているような気持ちになっていた。
先輩達みたいに、野球をやめたらいい、そう思ってた。
好きで好きでたまらない野球を。


けど、違った。

俺は、桐青を甲子園に連れて行かなくちゃいけないんだ。
それが先輩達へのせめてもの気持ちを表す手段なんだ。
それをお前が、気付かせてくれた。


それ以来お前は毎朝、部員の誰よりも早く来て、準備してくれてるよな。
俺たちの練習が効率良く出来るように。
お前の部活に対する思いは、他の部員に負けちゃいない。

「いつもありがとな」
「え?何か言った?」
「いいや」


今はまだちゃんと言えないけど。
来年の夏、桐青を、お前を甲子園に絶対連れてってやる。
それから言うんだ。

ありがとうって。