携帯電話と言うのは恐らく現代の人類における最大の発明の一つである。手にすっぽり収まる小さいサイズで、電波さえあれば日本中どこにいても連絡が取れる。沖縄と北海道でさえ一瞬で繋いでしまうのだ。 そんな携帯電話は、しばらく、というか3年以上連絡を取っていなかった中学の同級生と私を繋ぐこととなった。中学3年生の時、私は立海大附属高校に内部進学が出来たにも関わらず(ついでに言えば大学までついている)外部受験をして別の高校へと進んだ。理由は簡単。進んだ先の高校もとある大学の附属校で、その大学には私の行きたい学部があったから。そのまま立海高に進んで大学受験をするより、高校受験をして内部進学した方が楽だと思ったのだ。 気付けば私は大学3年生になっていた。ある日、急に中学の時の同級生である丸井ブン太からメールが来たのだ。全然連絡を取っていなかったのにも関わらずメールがちゃんと来たのは、アドレス変更だけは律儀に送っていたからである。 ――――――――――――――――― 丸井ブン太 title:(無題) ――――――――――――――――― よう久しぶり!元立海中3-Bの丸井ブン 太だけど覚えてる? こないだ久しぶりに卒アル見てたら なんか懐かしくなってさ。 仁王も俺も立海大に進学したんだぜ! 良かったらまた連絡くれよな! ―――――――――――――――――― 仁王と言うのは仁王雅治の事で、彼もまた中3の時の同級生だった。ついでに言うと丸井は1年の時、仁王は2年の時も同じクラスで、3年になると3人でよくつるんでいたのだ。そう言えば仁王と丸井は同じ部活でもあった。 それから丸井としばらく連絡を取り合い、仁王とも久しぶりにメールをしている内に仁王の家で宅飲みをしようと言う話が出てきた。仁王は今、立海大の近くのアパートでひとり暮らしをしているらしい。中学の時だったらまたあの3人で集まって、しかも今度は飲むなんて信じられないだろうなと思う。 携帯電話は過去と現在とまでも繋いでしまう、世紀の大発明なのである。 「じゃあ乾杯するか?」 「乾杯って、何に?」 「そうじゃのう…元立海中3年B組の3人組の再会を祝して、かのう。」 「はは、何それ!もう何でも良いよ!乾杯!」 「乾杯!」 カン、カン、と各々が持っている缶のぶつかる音がした。あの丸井のメールからしばらくした金曜日、今私たち3人は仁王の家でいわゆる宅飲みをしているのであった。ひとり暮らしの部屋に小洒落たグラスなんてものはないから、缶のままで飲んでいるけどみんな大学生だからそんなもの構わない。3人で、つまみやら焼きそばやら何やらが置いてあるローテーブルを囲んでとりあえず乾杯をした。 「丸井から急にメールが来たときはびっくりしたけどね。」 テーブルの上に適当に置いてあるピーナッツを摘まみながら丸井に話を振る。こうやって飲んでいるのも丸井が私にメールして来たのがきっかけだったし、それがなかったらもうこうやって3人で集まって話をする事も、会う事ですらなかったかも知れない。 「卒アル見てたらなんか懐かしくなってな。だって俺ら中3の時あんなに仲良かっただろぃ?」 確かに私たちは中3の時はいつも一緒になってつるんでいた。3人とも恋人はいなかったし、私はテニス部の2人と仲が良かったという事で羨ましがられたりもしたが、私にとっては2人はテニス部でもそうじゃなくても仲の良い友達だった。時に私が仁王と丸井2人をたぶらかしているという噂も流れたが、私はこいつらに恋愛感情を抱いた事もないし、こいつらだってあるはずがない。そもそも私はこいつらの事を知り過ぎているから彼氏にしたいだなんて微塵も思ったことはなかった。友達としてだったら最高なんだけど。 「そういや、押し入れに中学の卒アル入ってたかも知れん。」 そう言って仁王は何やらごそごそと探し始めた。中学の卒アルなんて、どこかにはちゃんと仕舞ってあるはずだけどもう何年も見ていない。それをまた見るとなるとちょっとわくわくするような、恥ずかしい様な気がした。 「お、あったぜよ。」 適当に缶やら食べ物をテーブルの端に寄せ、アルバムを広げようとした時に、「ピンポーン」と呼び鈴が鳴った。時刻は8時前で、こんな時間になんだろう、と思うとそれは仁王の後輩だったらしい。 「仁王先輩、これですよね?忘れモンって。」 「おおこれじゃ。これがないと月曜日提出の課題が出来んからのう。助かったぜよ。」 あれ、と丸井が少し首を傾げたのはどうやらその声が聞き覚えのある声だったかららしい。しばらくすると仁王がその後輩を部屋に通した。 「あれ、赤也じゃねえの!どうしたんだよ。」 「いやあ、仁王先輩に忘れ物届けて欲しいって言われてたんスよ。」 どうやら話によると仁王は部室に何か忘れて来たらしく(ていうかまだテニスやってたのか)、それを自主練で遅くまで残っている後輩に持ってくるようにと頼んでいたらしい。大学まで近いんだから後輩をパシらせるんじゃなくて自分で取りに行けばいいのに。怠け者仁王め。 そしてその後輩くんは赤也と言うらしい。大学の後輩のようだけどどこかで見たことがあるような気がするし、名前も聞いたことがある気がする。 「、赤也の事覚えとるかのう。中学の時よく俺らの教室に遊びに来てたんじゃけど。」 そう言われると、いつもうちのクラスに遊びに来ていたテニス部の後輩の事を思い出した。気になって卒アルの部活のページを見ると、仁王や丸井と一緒に写っている姿があった。そりゃあ大学生になったんだから少し大人びてはいるけど、確かに面影はある。 「俺は覚えてますよ!丸井先輩に『菓子ばっか食ってるから太るんだろこのデブン太!』って言って た人っすよね?」 「げ、私そんな事言ってた?てか口の悪い先輩で覚えられてんじゃん私。」 「ホントの事だろぃ。」 「まあまあ、そう言えば赤也はこないだハタチになったんじゃよ。良かったら一緒に飲んでいったら どうじゃ?」 俺さんせーい!と丸井が元気良く手を上げた。もう酔いが回ってきているのかも知れない。それはともかくとして、きっと人数が多い方が楽しいだろうし折角ハタチになったんだから飲もうよ、と言った。赤也くんの方もじゃあお言葉に甘えて、と四角いテーブルの空いていたところへ座った。 「赤也も来たところでもう一回乾杯しようぜ!」 「今度は何に?」 「ハタチの赤也に!」 丸井はもう酔っ払いも良いところだったが、赤也くんも入れて飲み直すために再度の乾杯をした。 一緒に飲んでいると段々赤也くんの事をはっきりと思い出してきた。部活の先輩でもない私にもよく「先輩、ちわっす!」と元気よく挨拶してくれていた彼。私が仁王か丸井と一緒にいない時でも声を掛けてくれた。 中学時代の彼は典型的な「後輩キャラ」で、年上から好かれるタイプだった。何と言うか、小さくて可愛らしくてみんなの弟みたいな感じ。彼のなかなか人懐っこい性格は中学の時から変わらないようで、赤也くんと呼べば赤也でいいっすよ!と言ってくれた。そう言えば中学時代にも同じことを言われた気がする。 彼も入れて4人で中学の時の話や今の大学の話で大分盛り上がった。きっとお酒の力もあったのだろう。 「あ、今何時?」 「えっと…10時半じゃけど。」 話が盛り上がりすぎて時計を見るのをすっかり忘れていた。仁王に言われた通りもう10時半で、そろそろ帰らないといけない時間だった。日付が変わる前には帰ると家族には伝えてあったし、あまり遅くなると今度は帰るのが面倒になってしまう。 「丸井はどうすんの?」 「ああ、今日俺泊まりのつもりで来たし。も泊まってけば良いのに〜。」 「着替えも何も持ってきてないので無理です〜。それに朝帰りだと家族が心配するし。」 帰る仕度をしていると、赤也くんもそろそろ帰ると言い出した。彼も明日用事があるとかで家に帰らないといけないらしい。 「先輩家どこなんスか?」 「えっとね、ここの最寄駅から上り方面の方だよ。」 「あ、俺と同じ方向っすよ。良かったら送って行きます。」 今日先ほど再開したばかりで、しかも中学時代だって知り合いくらいだった後輩に遅らせるのは気が引けた。だから断ろうと思ったが、仁王が「良いから大人しく送られときんしゃい」というものだから赤也くんに送って貰う事になった。 仁王の家から駅までは歩いてすぐだった。駅に着いてからもそんなに待つ事なく電車が来たので、赤也くんと2人で同じ方面の電車に乗った。電車の中は私たちと同じ飲み会帰りの学生の姿が目立っている。 「あ、私次の駅で降りるよ。」 「じゃあ一緒に降りて家まで送りますよ。」 私はてっきり電車内でバイバイだと思っていたので、赤也くんの言葉に少し驚く。またしても断ろうと思ったのだが、「この後先輩に何かあったら俺が嫌なんで。」と言われたので、またしてもお言葉に甘えることになった。 そうして赤也くんと私は、私の最寄駅で電車を降りたのであった。私たちの帰った後に仁王と丸井のこんなやり取りがなされている事も知らずに。 「なあ仁王、中学の時、赤也がの事気になってたって知ってたか?」 「知っとったよ。というかバレバレじゃった。」 「だよな。赤也って今彼女いたっけ?」 「いなかったはずじゃが。」 「赤也と、これからなんか起こるかな。」 「さあの。」 「…もしかしてお前、それが狙いで赤也に家に来させたのか?」 「…さあの。」 私の家は駅から15分程歩かないといけないので、遠いと言えば少し遠い。家に着くまでは赤也くんと当たり障りのない話をしていた。 それにしても、彼はこんなに大人びた子だったろうか?中学時代の事は思い出したけれど、それでもテニス部の先輩にぴょこぴょこついて回っていたイメージしなかない。その上、中学時代は小さくて生意気で、まさに後輩って感じの子だったけれど、今はしっかりとしたハタチの男の子という印象だ。家にもちゃんと送ってくれるし、周りに気を使える子になっている。 ふと私が立ち止まると前を歩く赤也くんの背中が見えて、それが思っていた以上に大きかったのでびっくりした。あれ、赤也くんってこんながっしりした、男らしい背中の子だったっけ? 「先輩、どうしたんすか?気分でも悪いんスか?」 「…ううん、なんでもない。」 まさか彼に少しドキっとしてしまったなんて言えるはずもない。一つ年下のはずなのに、中学の時の小さくて可愛い赤也くんはもういないのかも知れない。 私たちはいつの間にか私の家の前に着いていて、それは「ここっスか?」と赤也くんに尋ねられて気付いた。マンションのエントランスの前で、私はなぜか動けずにいた。それはきっと、赤也くんと離れるのが名残惜しくなってしまったからだろう。 「あ、あの、赤也くん…。」 何か言い出したいのに何も言い出せずに言葉が詰まる。 けどこんな私に助け船を出してくれたのは、他でもない赤也くんだったのだ。 「あの、先輩良かったらメアド交換しません?今日すげえ楽しかったんで。また一緒に飲んだりしたいっす!」 ね?とニカッと笑った赤也くんの笑顔が可愛すぎて、その表情を目に焼き付けてしまいたい程だった。本当はそれは私が言い出すべきだったのに、奇しくも彼に先を越されてしまった。もうこんなんだったら赤也くんの方が年上みたいじゃないか、と思いつつも、私はこの年下のオトコノコに落ちてしまったのである。 赤也くんのアドレスの入った携帯電話は、いつでも赤也くんと私を繋いでくれる強い味方になってくれるだろう。そしてそもそも、携帯電話がなければ私は丸井と仁王とは飲んでないだろうし、赤也くんと再会することもなかった。だからこそ携帯電話と言うのは、恐らく現代の人類における最大の発明の一つであると私は思うのだ。 自分の携帯に入った赤也くんのアドレスを見て、人は予測もしなかったふとした瞬間に恋に落ちるものなのだと思った。 2012.3.31 管理人主催サイト「年上彼女と年下彼氏」に提出 Title by Indigo Blue様 |